日本歴史地名大系 「小杉宿」の解説
小杉宿
こすぎしゆく
寛文二年(一六六二)に指定された北陸街道の宿駅(「小杉新町旧記之写」赤壁家文書)。万治四年(一六六一)富山藩が富山城下町を加賀藩から譲り受けたのをきっかけにして、富山を経由しない街道整備が加賀藩により行われ、その一環として小杉新町が宿に指定された。寛文二年には
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寛文二年(一六六二)に指定された北陸街道の宿駅(「小杉新町旧記之写」赤壁家文書)。万治四年(一六六一)富山藩が富山城下町を加賀藩から譲り受けたのをきっかけにして、富山を経由しない街道整備が加賀藩により行われ、その一環として小杉新町が宿に指定された。寛文二年には
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