20世紀日本人名事典 「山根翠堂」の解説
山根 翠堂
ヤマネ スイドウ
大正・昭和期の華道家 真生流初代家元。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
大正・昭和期の華道家 真生流初代家元。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
…安達潮花はこれを当初飾花(かざりばな)とも呼んだが,当時のブルジョア層の応接間という新しい室内空間に機能するものとして発展していった。こうした新しい形式の盛花の出現に刺激されて,西川一草亭に代表される文人花の長所に注目し,形よりも理念を先行させたいけばなを目ざして山根翠堂たちによる自由花の運動がはじめられた。明治の修養主義から大正の教養主義の時代へと,いけばなの自由花もまた人間の教義としてのいけばなを問い,その確立を志した。…
※「山根翠堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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