20世紀日本人名事典 「山田 孝雄」の解説
山田 孝雄
ヤマダ ヨシオ
明治〜昭和期の国語学者,国文学者,日本史学者 神宮皇学館大学学長;東京帝国大学教授。
- 生年
- 明治6年5月10日(1873年)
- 没年
- 昭和33(1958)年11月20日
- 出生地
- 富山県富山市総曲輪
- 学歴〔年〕
- 富山県尋常中(現・富山高)中退
- 学位〔年〕
- 文学博士(東京帝大)〔昭和4年〕
- 主な受賞名〔年〕
- 文化功労者〔昭和28年〕,文化勲章〔昭和32年〕
- 経歴
- 貧困のため尋常中学校を中退、東京に丁稚奉公に出されたが、すぐに徒歩で富山に帰る。独学で教員免許を取得、小学校の教壇に立つ。兵庫県の鳳鳴義塾で教鞭をとるうち、生徒から“は”という助詞について質問され返答に窮したことから文法を研究、明治41年に「日本文法論」を刊行した。在来の文法論を踏まえ、かつ西洋の言語理論を導入したその文法大系は、今も山田文法として学界では評価されている。だが、同書は一介の中学教師の論文として、21年間も放置され、学位授与もやっと昭和4年になってから。この間、大正9年日本大学講師、14年東北帝大法文学部講師を経て、昭和2〜8年同教授。15年神宮皇学館大学学長に就任。19年には貴族院議員に勅選された。20年国史編修院長となったが終戦で退職。32年文化勲章受章。他の主な著書に「平家物語につきての研究」「奈良朝文法史」「平安朝文法史」「万葉集講義」(全3巻)「古事記序文講義」「漢文の訓読によりて伝へられたる語法」「日本文法学概論」「古事記上巻講義」「国語学史」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報