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岡田良一郎 おかだりょういちろう

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百科事典マイペディアの解説

岡田良一郎【おかだりょういちろう】

農民指導者。遠州の人。二宮尊徳の四大門人の一人で,父佐平治と2代にわたる報徳信者。遠江(とおとうみ)で約200の報徳社をまとめて,1876年遠江報徳本社を設立。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岡田良一郎 おかだ-りょういちろう

1839-1915 明治時代の農政家。
天保(てんぽう)10年10月21日生まれ。岡田佐平治の長男。日光で二宮尊徳の塾にまなぶ。明治11年父の跡をつぎ遠江国(とおとうみのくに)報徳社(のち大日本報徳社と改称)の社長となる。25年掛川信用組合を設立。静岡県会議員をへて,23年衆議院議員(当選2回,自由党)。私塾冀北学舎をひらき人材をそだてた。大正4年1月1日死去。77歳。遠江(静岡県)出身。著作に「報徳富国論」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

岡田良一郎

没年:大正4.1.1(1915)
生年:天保10.10.21(1839.11.26)
幕末明治期の報徳運動家,政治家。遠江国佐野郡倉真村(掛川市)の豪農岡田佐平治の長男。名は清行,字は廉夫,号淡山。安政1(1854)年14歳で二宮尊徳に入門,5年まで日光で尊徳とその子尊行に師事する。帰村後報徳運動に従事,明治8(1875)年,父の跡を継いで遠江国報徳社(44年に大日本報徳社と改称)社長となり,45年に辞任するまで36年間その地位にあって報徳運動を指導した。政治面では明治6~8年浜松県出仕ののち,浜松県民会・遠州州会議長として地租改正の結果を不満とする遠州人民を代表して交換米取り消し,地価修正運動を推進する。静岡県民会議長,佐野・城東郡長,静岡県会議員を経て,23年衆議院議員となり大成会に属したが,30年政治活動から引退。実業面では自身の建議や指導によって設立された産業・金融機関に関与。11年の資産金貸付所総括,二俣紡績会社設立事務取扱,掛川銀行頭取,資産銀行取締役を歴任,25年には日本で最初の信用組合である掛川信用組合理事長に就任した。また,冀北学舎,農学社を設立し,教育,農業知識普及にも努めた。<著作>『淡山論集』全4巻<参考文献>海野福寿『岡田良一郎年譜』,海野福寿・加藤隆編『殖産興業と報徳運動』

(海野福寿)

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世界大百科事典 第2版の解説

おかだりょういちろう【岡田良一郎】

1839‐1915(天保10‐大正4)
明治時代の報徳運動指導者。遠江国佐野郡倉真村(現,静岡県掛川市)に生まれる。父佐平治は二宮尊徳の門人として,嘉永年間(1848‐54)より報徳結社の普及に活躍,良一郎も1854年尊徳の門に入り,のちいわゆる尊徳門下の四天王の一人となった。彼は報徳運動推進のかたわら地方政治にかかわり,また殖産興業にも挺身した。92年日本最初の信用組合である掛川信用組合を創設し,産業組合法制定の端緒を開いた。75年父佐平治により遠江国報徳社が設立され,のち良一郎が社長となり全国各地に多数の支社を設け,1911年大日本報徳社と改称,社長となった。

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世界大百科事典内の岡田良一郎の言及

【報徳社】より

… 幕末期における報徳社の活動は,時勢に適合するところが多く,東海地方を中心に相模,甲斐,伊勢,河内など各地の農村に深く浸透するにいたったが,とくに遠州地方では,1847年(弘化4)安居院(あぐい)義道が報徳仕法に基づき一社を組織したのを契機に,その後岡田佐平治ら同地方の地主層の指導のもとに,漸次その組織を拡大していった。尊徳には多くの門人が存したが,著名な人物として富田高慶,斎藤高行,福住正兄,岡田良一郎(佐平治の子)らがあげられる。彼らは明治期に各地において報徳社運動を台頭せしめる推進力としての役割を果たした。…

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