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崔曙海 さいしょかいCh'oe Sǒhae

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

崔曙海
さいしょかい
Ch'oe Sǒhae

[生]光武5(1901).1.21. 咸鏡北道城津
[没]1932.7.9. ソウル
朝鮮の小説家。本名,鶴松。極貧の放浪生活を続け,その体験に基づいて貧しい者の苦難と反抗意識を描いた。当時,朝鮮の文学界は社会主義文学の前段階ともいうべき「新傾向派」文学が一流派をなしていたが,その流れに連なる代表的作家の一人として多くの作品を発表し,1925年カップの結成とともに加入した。代表作『故国』 (1924) ,『脱出記』 (25) 。小説集に『血痕』『紅焔』などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

さいしょかい【崔曙海 Ch‘oe Sŏ‐hae】

1901‐32
朝鮮の作家。本名は崔鶴松。咸鏡北道の貧しい家に生まれ,普通学校(小学校)を3年で中退。16歳のとき中国東北地方に移住,1923年帰国,《朝鮮文壇》誌等の記者をしながら30余編の短編を発表した。25年カップ(朝鮮プロレタリア芸術同盟)の設立に参加。《脱出記》《飢餓と殺戮》をはじめとする大部分の短編は彼の貧窮生活の体験を基にしており,極度の貧困のなかで必死に生きる庶民の肉親間の情愛をうたい,貧困の根本原因を除去しようと決意する過程をえがいている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

崔曙海
さいしょかい / チェソヘ
(1901―1932)

朝鮮の小説家。本名は崔鶴松、曙海は号。咸鏡北道(かんきょうほくどう/ハムギョンプクド)の生まれ。極貧の家庭に育ち、小学校も3年で中退している。16歳のとき間島(かんとう/チエンタオ)(現中国吉林(きつりん/チーリン)省延辺(えんぺん/イエンピエン))地方に移住、薪(たきぎ)取り、豆腐(とうふ)屋、飯場の現場監督などもした。1923年に帰国し、雑誌記者生活などをしながら10年間に50編ほどの短編を発表。『脱出記』『パットルの死』など初期の短編は彼の貧窮生活の体験を基礎にし、極度の貧困のなかで肩を寄せ合って生きる肉親の情愛と、貧困をもたらす根本原因への反抗の念を描いて、プロレタリア文学への傾斜を示した。[大村益夫]
『大村益夫・長璋吉・三枝壽勝編・訳『朝鮮短篇小説選 上』(岩波文庫)』

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