奈良・平安時代から伝わる各地方の著名な歌謡を宮廷、貴族社会に取り入れ、編曲・改詞したもの。「ふうぞく」ともいう。催馬楽(さいばら)が畿内(きない)中心の歌謡であるのに対して、おもに東国地方の歌謡が集められており、宴遊の場で愛唱された。風俗とは、『詩経』国風(こくふう)に倣った命名ともいわれるが、「くにぶり」すなわち中央に対する地方特有の民謡を意味することばであったらしい。狭義には大嘗祭(おおにえのまつり)に際し、悠紀(ゆき)、主基(すき)に卜定(ぼくてい)された二国が奏上する歌舞を意味した。その歌を風俗歌(ふうぞくうた)、舞を風俗舞(ふうぞくまい)と称する。大嘗祭の辰(たつ)の日に悠紀国、巳(み)の日に主基国がそれぞれの地方の風俗歌を歌い、歌女が舞を奏した。これらは地方の国魂を奉ることを目的とする一種のタマフリの行事であったらしい。その起源は、675年(天武天皇4)2月、天武(てんむ)天皇が諸国の歌人・歌女を貢上せしめたところに求められるともいわれる。
風俗の詞章は、『楽章類語鈔(しょう)』『承徳本古謡集』『古今集』などを中心に五十余首が知られている。「小筑波(おつくば)」「こよるぎ」「玉垂れ」「鴛鴦(おし)」「信太(しだ)の浦」「君を措(お)きて」「遠方(おちかた)」「小車(おぐるま)」「陸奥(みちのおく)」「甲斐(かい)」「常陸(ひたち)」「筑波山(つくばやま)」「月の面(おも)」「鸛(おおとり)」「難波振(なまぶり)」「荒田」「東路」「菅叢(すがむら)」「ちらちら」「我門(わがかど)」「伊勢人(いせびと)」「甲斐が嶺(ね)」「鳴り高し」「八少女(やおとめ)」「彼(か)の行(ゆ)く」など。風俗の歌形には、短歌形式に還元しうるものと不整形のものとがあり、前者が比較的新しい時代の成立らしい。平安末には貴族社会で歌われることも少なくなり、鎌倉初期に廃絶した。
[多田一臣]
風俗歌ともいう。広義には地方民謡,狭義にはそのうちとくに平安貴族に愛好された数十曲を指す。その源流は,服属儀礼のひとつとして貢上された地方歌舞にもとめられるが,大嘗祭(だいじようさい)の次第が整えられる平安中後期には形式化し,《枕草子》に〈うたは風俗〉とあるように娯楽的に享受された。室町時代には滅んだが,近世の国学者は神楽(御神楽(みかぐら)),催馬楽(さいばら),東遊(あずまあそび)とともに〈四譜〉と称して重視した。《承徳本古謡集》(26曲),《文治本風俗古譜》(14曲),《楽章類語鈔》(26曲)など諸本の詞章は《古代歌謡集》(日本古典文学大系3)に集成され,林謙三(1899-1976)による復元の一部がレコード化されている(《天平・平安時代の音楽--古楽譜の解読による》,日本コロムビア)。
執筆者:田辺 史郎
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…また《風土記》《万葉集》に見える歌垣・嬥歌(かがい)は,春の耕作始め,秋の収穫祝いの祭事として男女が山に登り,歌を応酬したもので,のちに中国の正月儀礼の踏歌(とうか)と習合して宮廷の芸能となる。 祭りの場の歌舞をいち早く芸能化したのは6,7世紀以来急速に国家体制を固めるようになった大和朝廷で,隼人(はやと),国栖(くず)など諸国の部族が服従のしるしに献(たてまつ)った歌舞が逐次宮廷の儀式に演ずる華麗な風俗舞(風俗(ふぞく))として定着するようになった。記紀の海幸・山幸(うみさちやまさち)説話に見えるウミサチヒコがヤマサチヒコの前で溺れるさまを演じたという所作などは,宮廷の祭儀の折に行った隼人族の風俗舞のすがたを伝えるものである。…
…一般には明治以前からあった俚謡(りよう∥さとうた)などの語が用いられた。いずれも地方民間の,ごく通俗的でひなびた歌の意で,古代にいう風俗(ふぞく),近世にいう在郷歌,鄙歌(ひなうた)などとほぼ同義である。1914年,文部省文芸委員会が全国道府県から集めた郷土の歌を《俚謡集》と名づけて刊行したのもその意味で,レコードもその種の歌を俚謡と銘打って売り出すことが多かった。…
※「風俗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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