帝国国策遂行要領(読み)ていこくこくさくすいこうようりょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「帝国国策遂行要領」の意味・わかりやすい解説

帝国国策遂行要領
ていこくこくさくすいこうようりょう

日本が対米英戦争へ向かう国策を定めた御前会議の決定文書で、1941年(昭和16)9月6日のものと、同年11月5日のものとがある。9月6日の決定は、「戦争ヲ辞セザル決意ノ下ニ概(おおむ)ネ十月下旬ヲ目途トシ戦争準備ヲ完整ス」、対米(英)交渉により「十月上旬頃(ごろ)ニ至ルモ尚(なお)我要求ヲ貫徹シ得ル目途ナキ場合ニ於(おい)テハ直チニ対米(英蘭(らん))開戦ヲ決意ス」となっている。11月5日のものは、対米交渉の甲乙二案を定めるとともに、「武力発動ノ時機ヲ十二月初頭ト定メ陸海軍ハ作戦準備ヲ完整ス」としている。いずれも御前会議決定による最高の国家意志として、戦争の決意と開戦の時期を定めたものである。

藤原 彰]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「帝国国策遂行要領」の解説

帝国国策遂行要領
ていこくこくさくすいこうようりょう

1941年(昭和16),(1)9月6日と(2)11月5日の御前会議で決定された二つの対外方針。(1)は第3次近衛内閣のとき,10月下旬を目途に対米戦争の準備を完了すること,同時に日米交渉も継続することとした。別紙で米国は日中戦争干渉・妨害しないこと,日独伊三国同盟の参戦義務に対する解釈と行動は自主的に行うなどの対米譲歩案を付記。(2)は,その後に成立した東条内閣が,(1)を白紙還元する立場から再検討した。対米開戦の時期を12月初頭とし,日米交渉が12月1日午前零時までに成功すれば,武力発動中止と決められた。別紙で全般的な緩和修正案(甲案)と局地的な暫定協定案(乙案)を用意して日米交渉にあたったが,結局ハル・ノートをうけて12月1日開戦の最終決定が下された。

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旺文社日本史事典 三訂版 「帝国国策遂行要領」の解説

帝国国策遂行要領
ていこくこくさくすいこうようりょう

1941年に決定された日本の政策基本方針で,対米開戦に踏みきったもの
南部仏印進駐以後の日米交渉の険悪化に対し,1941年9月の御前会議で方針を協議,10月下旬までに交渉不成立の場合は開戦を辞せずと決定した。交渉の条件をめぐり近衛文麿首相と東条英機陸相が対立,第3次近衛内閣は総辞職し,東条内閣が成立した。

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