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帰化城 きかじょう Gui-hua-cheng; Kuei-hua-ch'êrg

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

帰化城
きかじょう
Gui-hua-cheng; Kuei-hua-ch'êrg

中国,内モンゴル自治区の首都フフホト (呼和浩特) の古称。 1565年,トゥメットのアルタン (俺答) のもとに亡命した漢人の白蓮教徒らにより建設され,モンゴル人によってフフホト (青い都) と名づけられたが,71年講和成立後,明により帰化城と命名された。

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世界大百科事典 第2版の解説

きかじょう【帰化城 Guī huà chéng】

中国,内モンゴル自治区の区都フフホト(呼和浩特)の旧名。この地は遼・金・元代(10~14世紀)に豊州と呼ばれ,明末の16世紀20年代から内モンゴル族のトウメット(土黙特)部長アルタン・ハーンが駐牧してからモンゴル名のフフホト(青い城の意)で知られるようになった。1570年(隆慶4)明朝との和議が成り,アルタン・ハーンが明朝から順義王に封ぜられた際,その居城に対して帰化城の名を贈られた。以来フフホトは帰化城の名で知られ,内モンゴルの政治・経済・文化の中心となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

帰化城
きかじょう

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世界大百科事典内の帰化城の言及

【フフホト】より

…人口92万(1995)。16世紀中ごろ,この地にモンゴル人が建設した集落をフフホト(青い城)と呼んだが,明代末中国の支配下に入り,〈漢族に帰属し教化される〉という意味で〈帰化城〉と名づけられた。さらに清代,その北東3kmに新城が建設され,〈綏靖遠方〉(遠い地を治める)からこれを〈綏遠(すいえん)〉と称した。…

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