弘仁寺(読み)こうにんじ

日本歴史地名大系 「弘仁寺」の解説

弘仁寺
こうにんじ

[現在地名]奈良市虚空蔵町

虚空蔵こくぞう(高樋山)にある。虚空蔵寺ともいい、俗に高樋たかひの虚空蔵さんとよばれる。虚空蔵山・如意山・高井山などと号し、高野山真言宗本尊虚空蔵菩薩中世には東大寺末寺に属したが、創建については諸説があって定まらない。延喜一九年(九一九)一一月一六日の都維那注進文(「大和志料」所収東大寺文書)に「虚空蔵之山寺 注進宝物并寺廻山六十町事 一間四面堂一宇 皆金色虚空蔵菩薩一体長八尺(中略)山六十町 四至 限東四条九里十四坪東子午畔 限南少倉山 限西願興寺東横道 限北和爾川 右件宝物并山四至依東大寺政所仰注進抑此伽藍者弘法大師以大同二年比明星零落地建立処无止霊験山既瑞相之砌大師結界地也仍且為後代注進如件」とあり、空海が大同二年(八〇七)頃に建立したという。


弘仁寺
こうにんじ

[現在地名]羽茂町羽茂本郷 新倉

羽茂本郷はもちほんごう集落の東方山中にある。真言宗智山派、新倉山と号し、本尊愛染明王。「佐渡国寺社境内案内帳」では弘仁二年(八一一)開基と伝え、空海を師とする啓道行人が一宇を建立して蓮花山東光坊成就院弘仁寺と称したという。現山号は天正元年(一五七三)に羽茂本間対馬守が境内に武具兵糧のための倉庫を建てたことによるという。しかし寺田の十王てらだのじゆうおう堂蔵の閻魔大王坐像胎内墨書銘には、明徳五年(一三九四)六月五日銘で「新倉山弘仁寺」とみえるほか、妙蓮みようれん坊・禅蔵ぜんぞう坊の存在も知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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