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張問陶 ちょうもんとうZhang Wen-tao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

張問陶
ちょうもんとう
Zhang Wen-tao

[生]乾隆29(1764)
[没]嘉慶19(1814)
中国,清の詩人。四川省遂寧県の人。字,仲冶 (ちゅうや) 。号,船山。乾隆 55 (1790) 年進士に及第。翰林院検討,吏部郎中などをつとめたのち,莱州 (山東省) 知事となり,嘉慶 17 (1812) 年退官,江蘇の地に遊んでまもなく没した。詩風は平易,生気にあふれ,気骨に富み,巧緻に走りがちであった当時の風潮のなかでは特異。書画でも高名。詩集『船山詩草』 (20巻) は,日本で江戸時代末期に翻刻され,明治に入っても広く読まれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうもんとう【張問陶 Zhāng Wèn táo】

1764‐1814
中国,清代中期の詩人。字は仲冶,号は船山。四川省遂寧の出身。ありのままの自我の表白を重んじ,48歳上の〈性霊派〉の袁枚(えんばい)に絶賛されたが,師に比べより感傷的である。26歳での進士以来20年間の中央仕官を通じて中央詩壇の評判をとったが,見るべきものはむしろ,先妻・継妻への追慕相聞,使用人への親近感などを歌った作品にある。その《船山詩草》は江戸・明治期に愛読された。【松村 昂】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

張問陶
ちょうもんとう
(1764―1814)

中国、清(しん)代の詩人。字(あざな)は仲冶(ちゅうや)、号は船山(せんざん)。四川(しせん)省遂寧(すいねい)県の出身。雍正(ようせい)帝のときの賢相、大学士張鵬(ちょうほうかく)の玄孫。1790年(乾隆55)の進士。翰林院(かんりんいん)庶吉士(しょきつし)から都察院御史、吏部郎中を歴任し、山東省莱州(らいしゅう)府知事に転じて退官。蘇州(そしゅう)に住んで江蘇・浙江(せっこう)地方を遊歴した。詩に優れ、京官時代には洪亮吉(こうりょうきつ)ともっとも交際が密だった。彼が袁枚(えんばい)に認められる契機をつくったのも、洪だった。四川省出身の詩人中、清代を通じて第一の称があり、性霊(せいれい)説を奉じ清新にして叙情的なその作風は、江戸末期から明治にかけて、日本でも多くの愛好者を得た。書画はともに一家をなしている。『船山詩草』26巻がある。[佐藤一郎]

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