コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

袁枚 えんばい Yuan Mei

5件 の用語解説(袁枚の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

袁枚
えんばい
Yuan Mei

[生]康煕55(1716)
[没]嘉慶2(1797)
中国,清の文学者。浙江省銭塘の人。字,子才。号,簡斎。貧乏士族の出身で,乾隆4 (1739) 年進士に及第。江蘇省の諸県の知事を歴任して治績をあげたが,同 20年,父の喪にあって官をやめ,江寧の小倉 (しょうそう) 山で屋敷を手に入れ,随園と名づけた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

えん‐ばい〔ヱン‐〕【袁枚】

[1716~1797]中国、清代の文人。字(あざな)は子才。号は簡斎・随園老人。詩は格式にとらわれず、自己の性情を自由に表現すべきものと性霊(せいれい)説を主張。食通としても知られ、「随園食単」は有名。著「小倉山房集」「随園詩話」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

えんばい【袁枚 Yuán Méi】

1716‐97
中国,清代中期の詩人。浙江省杭州の出身。字は子才,号は簡斎。趙翼,蔣士銓とあわせ〈乾隆三大家〉の一人。23歳で進士となり,43歳上の沈徳潜(しんとくせん)と同窓。32歳で退官してからは,短期間の再就職を除いて,文筆業によりながら南京小倉山の別荘随園での生活を楽しむ一方,商業都市揚州などにも足しげく訪れ,多数の文化人と交遊した。その詩論は〈性霊説〉とよばれ,人間の自然な気持をすなおに表現することを説くもので,商人出身などの新しい文化人の考え方を代表し,王士禎の〈神韻説〉や沈徳潜の〈格調説〉に対立した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

えんばい【袁枚】

1716~1797) 中国、清代の詩人。字あざなは子才、号は簡斎。世に随園先生と称される。詩法に拘泥せず性霊説を唱え、清新奇抜な詩をつくり、古文・駢文べんぶんにもすぐれた。主著「小倉山房集」「随園詩話」「随園食単」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

袁枚
えんばい
(1716―1797)

中国、清(しん)代の詩人、文人。字(あざな)は子才、号は簡斎・随園(ずいえん)。浙江(せっこう)省銭塘(せんとう)県の出身。1739年(乾隆4)の進士。県知事を歴任して名知事の誉(ほま)れ高かったが、江寧(こうねい)(南京(ナンキン))在任中に城西の小倉山(しょうそうざん)に大邸宅を構え、これに随園と名づけた。38歳で辞職し、以降83歳の没年まで在野の詩人、文人として活躍した。彼は主として文筆活動により豪奢(ごうしゃ)な生活を維持し、大ぜいの男女の弟子に囲まれ詩壇の二大巨人の一人として乾隆(けんりゅう)年間に時めいた。沈徳潜(しんとくせん)の格調説に対して、明(みん)の袁宏道(えんこうどう)らの公安派と相通じる性霊(せいれい)説を唱えた。前者の復古主義的傾向に反対し、性情の流露するままに自由に歌うべきであり、古人の模倣や技巧のすえに走ってはならないと主張した。叙情詩を喜び、学力で詩をつくる時流を退けるその平明な詩風は白居易(はくきょい)を連想させるものがあるが、自分ではそれを否定し、また明末の公安派との関係も明言していない。沈徳潜との論争のなかで明末の王次回の恋愛詩も弁護している。
 その在野精神は、生活態度にも現れている。文才ある妻妾(さいしょう)を好み、女性を集めて詩を教えるなど当時の倫理観からかなりはみだしている。古文、駢文(べんぶん)ともに優れ、有名な食通でもあり、『随園食単』がある。全集は『随園三十種』とよばれている。[佐藤一郎]
『青木正児訳註『随園食単』(岩波文庫) ▽中山時子他訳『随園食単』(1975・柴田書店)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の袁枚の言及

【子不語】より

…中国,清代の袁枚(えんばい)が収集した18世紀後半の怪談集(最も新しい話は1791年)。のちに《新斉諧》と改名。…

【随園食単】より

…中国,清代の文人として名高い袁枚(えんばい)(随園は,彼の庭園の名であり,また雅号でもある)が著した料理書。1巻。…

【性霊説】より

…前・後七子の古文辞派の格調説が詩情を拘束することを嫌い,《文心雕竜(ぶんしんちようりよう)》にみえる性霊の語を用いて詩人固有の真情を尊重し,独創性を重視せんと主張した。別派に鍾惺の竟陵派を生むが,清代に袁枚(えんばい)がさらに展開させた。それが空疎放恣に流れることを嫌った王士禎は神韻説を主張して反対した。…

※「袁枚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

袁枚の関連キーワード江稼圃艾青査慎行沈徳潜陳文述厲鶚浙江龍井茶馬叙倫雲棲袾宏

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone