デジタル大辞泉 「待兼山」の意味・読み・例文・類語 まちかね‐やま【待兼山】 大阪府豊中市北部にある山。千里丘陵の西端に位置し、池田市・箕面みのお市にもかかる。[歌枕]「来ぬ人を―の呼子鳥同じ心にあはれとぞ聞く」〈詞花・春〉[補説]現在は大阪大学豊中キャンパスがある。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典 「待兼山」の意味・読み・例文・類語 まちかね‐やま【待兼山】 大阪府豊中市北部、千里丘陵西端の山。標高七七・三メートル。歌枕。まちつれ山。[初出の実例]「三輪の山をかし。たむけ山。まちかね山。たまさか山。みみなし山」(出典:枕草子(10C終)一三) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
日本歴史地名大系 「待兼山」の解説 待兼山まちかねやま 大阪府:豊中市柴原村待兼山千里丘陵の西部、豊中市と箕面(みのお)市の境(待兼山町)にある小丘。標高七七・三メートル。西方にある玉坂(たまさか)山(池田市)と並んで歌枕として名高く、諸種の歌学書にも載る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
日本大百科全書(ニッポニカ) 「待兼山」の意味・わかりやすい解説 待兼山まちかねやま 大阪府豊中市(とよなかし)、千里丘陵(せんりきゅうりょう)西端の山。標高77メートル、待兼山古墳がある。西国(さいごく)街道沿いの景勝地で『枕草子(まくらのそうし)』に「山は……まちかね山」とある。昭和初期に府立浪速(なにわ)高校が創立、第二次世界大戦後、大阪大学北校となり、現在、法・文・理・経済・基礎工の各学部・大学院、言語文化研究科、国際公共政策研究科などがある。1964年(昭和39)理学部構内から日本で初めてワニ化石が発見され、マチカネワニと命名された。大阪層群カスリ火山灰層準(約45万年前)から出土。[前田 昇] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例