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得宗領 トクソウリョウ

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デジタル大辞泉の解説

とくそう‐りょう〔‐リヤウ〕【得宗領】

北条氏得宗が世襲した所領。相模武蔵を中心に全国にあった。

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大辞林 第三版の解説

とくそうりょう【得宗領】

鎌倉時代、北条氏で執権となる者が代々世襲した領地。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の得宗領の言及

【得宗】より

…このときの時頼の権力の根拠は執権職にはなく,得宗という地位にあったものと考えられ,したがってこの時期に得宗専制が成立したと見ることもできる。 得宗家の権力伸張に伴って,その所領は得宗領または御内御領,御内所領と呼ばれて一般所領と区別され,一定の権威を持つようになった。得宗領在地は,初期には一般御家人が代官として支配することもあったが,やがて在地の豪族が代官に起用されることが多くなった。…

【常陸国】より

…1213年(建保1)の和田合戦,21年(承久3)の承久の乱,47年(宝治1)の宝治合戦,85年(弘安8)の弘安合戦(霜月騒動)といった政治の変動によって,従来常陸国に所領を有してきた御家人の多くは没落していった。例を挙げれば,中郡荘を支配し幕府内部でも重んじられてきた中郡氏は13世紀半ば,荘の預所(あずかりどころ)と紛争を起こし所領を没収され,その跡を幕府の要人安達(あだち)氏が得るが,同氏も霜月騒動で没落,中郡荘は得宗領化される。常陸国における得宗領の分布をみると,陸奥方面への通路である太平洋沿いの地域,久慈川沿いに陸奥へ至る地域の一部,下野,下総の国境に近い国の西部の地域など,交通の要衝をおさえる形が顕著である。…

※「得宗領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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