改訂新版 世界大百科事典 「微生物タンパク」の意味・わかりやすい解説
微生物タンパク(蛋白) (びせいぶつたんぱく)
微生物の菌体に含まれるタンパク質。主として菌体のまま乾燥して飼料や食料とするが,菌体を破砕してタンパク質を抽出し,食品などの素材とすることもできる。酵母や細菌のような単細胞微生物がおもに用いられるので,single cell protein(単細胞タンパク,SCPと略す)とよばれることが多い。発酵タンパクともいい,ノルマルパラフィンのような石油系の原料から製造されるものは石油タンパクとよばれたこともある。第1次世界大戦下,ドイツで木材を酸で糖化し,食用酵母をつくったのが始まりという。その後,糖みつや亜硫酸パルプ廃液から酵母を製造して飼料に用いてきたが,1963年シャンパーニャA.Champagnatによってガスオイルから酵母を製造するプロセスが発表され,将来予想される世界のタンパク質不足を解決する方途として注目をあび,各国でさかんに開発が行われた。
微生物は増殖が早く,タンパク質含量が高いので,タンパク質の生産効率が大きい。また地域,天候に左右されず大量集約生産が可能である。微生物は種類が多く,酵母,細菌のほか糸状菌,担子菌,藻類,放線菌も利用でき,それらが生育できる原料も多様である。デンプン,糖類はよい原料であるが,油脂やデンプンかす,バガス,チーズホエー,かんきつ加工かすなど,農林畜産廃棄物からのSCPプロセスが開発されている。石油系の原料としてはノルマルパラフィンを用いたカンジダ属Candida酵母のSCPがイギリス,ソ連,ルーマニアで工業化され,メタノールからの細菌タンパクがイギリスで,エタノールからの食用酵母タンパクがアメリカで製造されている。メタンや酢酸も利用可能である。二酸化炭素を固定する独立栄養微生物も資源として注目される。クロレラやスピルリナなどの光合成を行う藻類が生産されている一方,水素を酸化してそのエネルギーで二酸化炭素を固定する,水素細菌SCPの開発も行われている。SCPの乾燥菌体中には細菌で60~80%,酵母で50~70%,糸状菌で40~50%,藻類や担子菌も50~60%の粗タンパク質を含んでいる。SCPのアミノ酸組成は,一般に含硫アミノ酸がやや不足とされているほかはよくバランスがとれており,リシンも多く,大豆タンパクに勝る。菌体にはB2,B6,β-カロチン,エルゴステロールなどのビタミンのほか,リン酸,カリウムも豊富に含み,栄養価を高める。したがってメチオニン,ビタミンB12,カルシウムを補えば,ブタ,産卵鶏などの飼料や魚の餌料に添加して魚粉と同等の栄養試験成績を示す。
SCPの安全性については,発癌性芳香族化合物,重金属,マイコトキシン,菌の病原性,感染性,催奇性,さらに核酸のプリン塩基,奇数炭素数脂肪酸,残留パラフィンなどが問題とされた。国連ではPAG(Protein Calory Advisory Groupの略)を設けてガイドラインを作成し,慎重な検討が行われ,安全性が評価された。いわゆる石油タンパクも欧米では工業化されたが,日本ではいまだ実用化に対する社会的コンセンサスが得られていない。
執筆者:蓑田 泰治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報