徳田貞一(読み)とくださだかず

最新 地学事典 「徳田貞一」の解説

とくださだかず
徳田貞一

1889.6.8~1945.5.28 1916年東京大学卒。北海道炭礦汽船から三井鉱山に転じ,各地の炭田調査に従事。この間,多数の論文で千島・サハリン火山帯雁行配列を認め,各地の火山帯と弧状褶曲山脈との関係を論じ,雁行構造成因に及ぶ。これらを総括した「On the Echelon Structure of the Japanese Archipelagoes」(1927)では実験的に雁行配列の成因を説明,世界的に注目された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳田貞一」の解説

徳田貞一 とくだ-さだかず

1889-1945 大正-昭和時代前期の地質学者。
明治22年生まれ。北海道炭礦汽船,三井鉱山につとめ,北海道各地や,シベリア,樺太(からふと)(サハリン),中国,インドシナなどの地下資源を調査。昭和2年発表の論文「日本群島の雁行(がんこう)構造」はプレート-テクトニクス理論の先駆け。昭和20年5月28日死去。57歳。鳥取県出身。東京帝大卒。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「徳田貞一」の意味・わかりやすい解説

徳田貞一
とくださだかず

[生]1893.6. 鳥取
[没]1945.5.28.
地質学者。東京大学地質学科卒業 (1916) 。北海道の炭田を調査し,火山帯と弧状褶曲山脈との関係から雁行配列の成因を論じた。雁行配列を実験的につくって成因を説明した点が世界的に著名

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