百科事典マイペディア 「徳陽シティ銀行」の意味・わかりやすい解説 徳陽シティ銀行[株]【とくようシティぎんこう】 破綻した第二地銀。1942年三徳無尽として設立。1951年徳陽相互銀行に改称。オーナーの放漫経営により,経営が悪化。1989年8月普通銀行に転換し,上記社名に改称。普銀転換は同年2月の一斉転換であったが,4月の経営陣更迭を経て,8月まで認可が遅れた。1994年北日本銀行・殖産銀行との3行合併を発表するが,相手行の反対により撤回。1997年11月破綻。一部営業権を七十七銀行等に分割譲渡したのち,仙台銀行に営業権を譲渡。譲渡後,解散。→破綻金融機関→関連項目整理回収銀行 出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「徳陽シティ銀行」の意味・わかりやすい解説 徳陽シティ銀行とくようシティぎんこう 地方銀行。 1942年三徳無尽として設立。 51年相互銀行に転換し徳陽相互銀行に社名変更。 74年外国為替業務,87年公共債ディーリング業務を開始。 90年普通銀行への転換とともに現社名に変更。仙台を中心に宮城県内に展開。しかし,1970年代に首都圏などでの不動産融資に失敗,79年に発覚した 100億円あまりの裏保証などの問題から信用が低下,さらにバブル期の仙台市周辺での不動産融資なども不良化,1997年大型金融破綻の影響で,株価が下落し,預金流出,さらには資金調達が行きづまり,仙台銀行に経営譲渡を決めた。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by