忌部郷(読み)いんべごう

日本歴史地名大系 「忌部郷」の解説

忌部郷
いんべごう

和名抄」高山寺本は「淫閇」と読み、同書伊勢本・東急本は「伊无倍」と読む。同書名博本は「インヘ」と訓を付す。「阿府志」は「此地宮ノ島ヨリ添山峠ヨリ山ニ入テ別紙中村木屋平迄モ忌部ノ地ナリ」として、吉野川沿いの平野部である宮島みやじま(現川島町)と忌部山を越えた種野たねの(麻植山分、現美郷村・山川町)の大部分をこの郷の広がりとする。「阿波志」は種野山を構成する一部であるひがし(現鴨島町・美郷村)についても、これを川島かわしま郷の広がりのなかに含ませており、種野山という麻植山分全体を忌部・川島という古代の二つの郷の広がりのなかに含めている。

忌部郷
いんべごう

「和名抄」所載の郷であるが、高山寺本・名博本は忠部とする。諸本とも訓を欠くが、インベであろう。「出雲国風土記」に郷名はみえないが、意宇郡内に郡家の西二一里余に置かれた忌部神戸が記され、出雲国造が神賀詞奏上のために朝廷に行く際に御沐の忌玉を作ったという。川のほとりに出湯(現玉湯町の玉造温泉)があり、老若男女が行交い、海陸から毎日のように集まり市をなし、酒宴を広げていた。この湯で一度すすげば姿が端正になり、再び湯浴みすれば万病を除き、効験がなかったことはないとして神湯とよんでいたとある。

忌部郷
いんべごう

「和名抄」高山寺本・東急本ともに「忌部」と記すがいずれも訓を欠く。天平勝宝二年(七五〇)三月二一日付の大伴若宮連大淵勘籍(正倉院丹裏古文書)に「紀伊国名草郡忌部郷戸主大伴若宮連部良戸口」とみえる。忌部郷は「日本書紀」神代下の一書に「紀国の忌部の遠祖手置帆負神を以て、定めて作笠者とす」とある紀伊国忌部集団の本貫地と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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