急性薬物中毒

内科学 第10版 「急性薬物中毒」の解説

急性薬物中毒(薬物中毒・依存症)

(2)急性薬物中毒
診断
1)臨床症状:
薬物による急性中毒は,起因となる薬物の種類が膨大であること,特異的な中毒症状のない薬物が多いこと,中毒発生からの経過時間が不明な場合が多いことなどから,中毒であるか否かの診断,中毒であった場合の起因物質の確定,重症度の判定が困難な場合が多い.患者自身や家族,救急隊員からの情報や,現場に残された容器や空の包装なども重要な手がかりとなる.自殺企図で処方薬を多剤摂取した場合,中毒による意識障害が最もよくみられる症状である.原因不明の意識障害で搬送されてきた患者に対しては,急性中毒の可能性を念頭において鑑別することが重要である.アヘン誘導体,ベンゾジアゼピン系薬,一酸化炭素の急性中毒による意識障害が疑われた場合,それぞれ塩酸ナロキソン,フルマゼニル,酸素を投与して覚醒するか否かで起因を鑑別することができる.鑑別診断として,アルコール関連疾患(急性アルコール中毒,Wernicke脳症),糖尿病関連疾患(糖尿病性昏睡,糖尿病性ケトアシドーシス),尿毒症,脳疾患,麻薬・鎮静薬・向精神薬中毒,外傷性頭蓋内病変,感染症,精神障害,脳血管障害などによる意識障害があげられる.表16-2-6には,特徴的な中毒症状と代表的な起因薬物をまとめた.
2)中毒起因物質の分析:
日本中毒学会では,分析が有用な中毒を調査し,死亡例が多い中毒,解毒薬拮抗薬がある中毒,定量値が治療法の選択基準になる中毒,予後推定が分析により可能な中毒のなかから,1999年の時点で15種類の分析対象中毒を選定し,各救命救急センターに配備された分析機器と定性分析キット(簡易検査キット)で対応すべき中毒に関する提言をした(表16-2-7).血中濃度値が毒性の指標,予後の判定,治療の選択に有用な8種類の起因物質については,積極的な定量分析が望ましい.そのうち,アセトアミノフェンサリチル酸,除草剤のパラコートグルホシネートは,摂取後経過時間-血中濃度グラフによるノモグラムが診断や治療に用いられる.また,8種類の尿中乱用薬物とその代謝物を短時間で測定できるTriage DOAというキットは,乱用薬物(フェンシクリジン類,コカイン系麻薬,アンフェタミン類,大麻,アヘン誘導体)以外に,急性中毒の起因となりやすいベンゾジアゼピン系薬,バルビツール酸系薬,三環系抗うつ薬を簡便に測定できることから蘇生室で繁用されている.
合併症
1)誤嚥性肺炎:
急性中毒の場合,意識障害時に気道保護反射が減弱または消失した状態で,胃内容物が逆流や嘔吐により肺に誤って吸引されたり,石油製品などの粘膜刺激作用のある物質が肺に吸引され発症することがあり,重篤で頻度も高い合併症である.二次的に細菌感染に移行する場合がみられる.
2)偶発性低体温症:
偶発性低体温症とは生体が寒冷環境に暴露されて深部体温が35℃以下に低下した状態をいう.中毒患者はしばしば低体温を併発することがあり鑑別診断が必要となる.低体温を誘発する薬物としては,エタノール,フェノチアジン系抗精神病薬,環系抗うつ薬,麻薬,鎮静薬,経口血糖降下薬インスリン製剤などがある.
3)横紋筋融解症:
横紋筋融解症は,多彩な起因により骨格筋の壊死が起こり,クレアチンキナーゼ(CK)などの筋原性酵素やミオグロビンが循環系へ流出する病態で,赤褐色尿(ミオグロビン尿),筋肉痛,四肢脱力感,しびれなどの自覚症状や,筋肉の腫脹,圧痛,患部や全身の筋力低下,皮膚の壊死などがみられる.血中CK,AST,ALT,LDH,アルドラーゼの上昇,血中および尿中ミオグロビン値の上昇が検出される.薬物起因性の運動亢進状態(振戦,譫妄,アルコールによる痙攣),直接的な筋細胞傷害(カフェイン,一酸化炭素),フェノチアジン系抗精神病薬による筋緊張状態,コカインに伴う高体温などが原因となる場合がある.
治療
 中毒患者の初期治療は,救急初期治療(全身管理),中毒起因物質の除去(吸収の阻害,排泄の促進)および,解毒薬・拮抗薬の投与の3つに分けることができる.日本中毒学会では,EBMに基づいた中毒治療の標準化を目指して「急性中毒の標準治療」の指針を作成した.その詳細については日本中毒学会ホームページ(http://web.jiho.co.jp/toxicol/index.html)より参照することができる.
1)救急初期治療(全身管理):
中毒患者に限らず,救急センターに搬入された救急患者に対しては心肺蘇生のABC(気道の確保,呼吸管理,循環管理)に基づいた初期処置が行われる.さらに痙攣に対してはジアゼパム,バルビツール酸の投与や体温異常に対する体温調節など,迅速で適切な対症療法が重要である.長期的には,感染対策,栄養管理も含まれる.
2)中毒起因物質の除去:
中毒起因物質は,経皮,経口,経気道,経静脈,経粘膜(眼)などの経路で暴露されるが,最も多いのは経口摂取である.経口摂取された薬物は消化管から吸収され,全身循環に入り標的臓器に至り,中毒症状を発現する.そのため,消化管に残存する薬物(未吸収薬物)は体外に速やかに除去して吸収を阻害することが肝要である.この消化管からの除染(gastrointestinal decontamination)法には,催吐,胃洗浄,活性炭吸着療法,緩下剤投与,腸洗浄がある.毒性が高い薬物を摂取後1時間以内,意識が清明で誤嚥の危険性がない場合に物理的に舌根を圧迫して嘔吐を促すことがある(催吐).意識障害がある場合や痙攣している場合は禁忌である.医療用催吐薬としてトコンシロップがあるが,主として小児科領域に限定されており,救急医療機関では胃洗浄または活性炭投与が選択される.
 胃洗浄の適応は,生命の危機を招くほどの大量を摂取し,しかも摂取後1時間以内の場合に考慮する.欧米および日本において,EBMに基づいた評価により,近年,適応される症例は限定されてきた.
 活性炭は強力な吸着力を示すため,経口摂取によるほとんどの薬物中毒に対して適応となる.中毒量を摂取し,摂取後1時間以内の場合,積極的に投与すべきである.投与方法は医療施設によってさまざまであるが,成人の場合活性炭(薬用炭)50 gを300~400 mLの微温湯で懸濁し下剤を添加後,胃管より胃内容物を十分吸引後に注入する.ただし,アルコール類,アルカリ類,無機酸類,フッ化物,ヨウ化物,鉄,カリウム,リチウムなどは吸着されないため無効である.
 一方,すでに吸収された薬物(既吸収薬物)については,体外への排泄を促進する方法,すなわち強制利尿や,活性炭の繰り返し投与,血液浄化法が行われる.強制利尿は大量の輸液と利尿薬投与により,尿量を増やすことで薬物の排泄を促進させるものであるが,臨床的に有効性が確立されているのはフェノバルビタールやサリチル酸の中毒である.いずれも酸性物質であるため,炭酸水素ナトリウム投与(200 mEqを1時間以上かけて点滴)により尿をアルカリ化(尿pH>7.5)して排泄を促進させる.腎不全,心不全は禁忌となる.
 腸肝循環をする薬物(フェノバルビタール,カルバマゼピン,キニーネ)や分布容積が小さいテオフィリンは,単回の活性炭吸着療法を行った後も血中濃度が遷延することが多いため,排泄を促進する目的で活性炭の繰り返し投与が選択される.活性炭の初期投与の後,4時間ごとに0.5~1.0 g/kgを微温湯との懸濁液を胃管より注入するか,経口投与する.または,12.5 g/時以上の速度で持続投与する.
 血液浄化法とは,血液を体外のカラムなどを通し薬物を除去して再び血液を体内へ戻す方法で,除去の機序により血液吸着(灌流),血液透析,血液濾過に分かれる.血液を活性炭フィルターに灌流し,薬物を吸着させる血液灌流は分子量や蛋白結合率の制限なしに除去でき,フェノバルビタール,フェニトイン,テオフィリン,カルバマゼピンに有効である.血液透析は,透析膜を介して血液と透析液との濃度勾配による拡散を利用して薬物を排泄させるため,分子量が小さく(<500)蛋白結合率の低い薬物(リチウム,アスピリン,メタノール,エチレングリコール)が適応となる.
3)解毒薬・拮抗薬:
急性中毒の原因となる薬物は膨大であるが,特異的解毒薬・拮抗薬は限られている.表16-2-8に代表的な解毒薬・拮抗薬をまとめた.[福本真理子]
■文献
福本真理子:アセトアミノフェン中毒の治療にノモグラムは有用か.中毒研究,23: 111-115,2010.
上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),pp1-38,医学書院,東京,2009.
Kearney TE: Therapeutic Drugs and Antidotes. In : Poisoning & Drug Overdose, 4th ed (Olson KR ed), pp404-509, McGraw-Hill, New York, 2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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