性決定遺伝子(読み)せいけっていいでんし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「性決定遺伝子」の意味・わかりやすい解説

性決定遺伝子
せいけっていいでんし

雌雄が別々の個体で存在する場合に、その個体の性が定められることを性決定とよび、決定要因が遺伝子である場合に、その遺伝子を性決定遺伝子とよぶ。脊椎(せきつい)動物では、雌雄の生殖器官として卵巣あるいは精巣が発生するが、遺伝的に性が決定される種では、性決定遺伝子の働きが引き金となり、生殖腺(せん)が卵巣あるいは精巣のどちらに分化するかが定められる。卵巣分化や精巣分化にはそのほかの遺伝子も働くが、引き金となる最初の遺伝子のみを性決定遺伝子とよぶ。なお、ここで説明する「性決定」とは、卵巣や精巣などの生殖器官の性を決定する生物全般における生物学的な現象をさし、ヒトにおける性自認(自分の性をどのように自覚するか)などの社会学的な性の決定は含まない。

 脊椎動物で最初に発見された性決定遺伝子は、哺乳(ほにゅう)類(有袋類と有胎盤類)のSRY(sex-determining region Y)遺伝子である。1990年にヒトにおいてSRY遺伝子が最初に発見され、さらに1991年にSry(マウスの遺伝子はSryと表記)遺伝子配列を導入したXX型マウスがオスの表現型をもつことが報告され、本遺伝子が性決定遺伝子であることが証明された。脊椎動物で2番目に発見されたのは、魚類メダカDMY遺伝子(2002)、3番目に発見されたのが、両生類アフリカツメガエルDM-W遺伝子(2008)であり、どちらも日本の研究グループの成果である。哺乳類では、ほとんどすべての種が、XX/XY型性染色体をもち、Y染色体上のSRY遺伝子により精巣分化が決定されるという性決定の仕組みが高度に保存されている。一方で、魚類は遺伝的に性が決定される場合でも、XX/XY型あるいはZZ/ZW型(メスが異型対のZW染色体をもつ)の種が混在し、さらに近縁種間であっても性決定遺伝子が異なる。魚類、爬虫(はちゅう)類などでは、遺伝子ではなく、温度や身体の大きさなどの環境要因によって性が決定される場合も多く、性決定の仕組みはきわめて多様である。

 近年のゲノム解読技術の発展により、多くの生物種の性決定遺伝子が同定されるようになり、とくに魚類ではさまざまな遺伝子の報告が相次いでいる。脊椎動物において性決定遺伝子が発見された初期のころの報告では、すべてが転写因子としての機能をもっていた。しかし、性決定遺伝子の報告が増えるにつれ、その機能は転写因子に限らず、多様であることがわかってきた。さらに日本の研究グループによって、2014年(平成26)には、植物のカキや昆虫のカイコにおいて、性染色体上に存在する非翻訳RNA(ノンコーディングRNA)が性決定を行うことが報告された。同様に日本の研究グループによって、2022年(令和4)には、Y染色体とSRY遺伝子をもたない哺乳類種アマミトゲネズミにおいて、遺伝子の転写を制御するエンハンサーという調節領域配列により性が決定されることが報告された。研究の発展により、タンパク質を産生する遺伝子のみならず、タンパク質にならないノンコーディングRNAや調節領域配列が性を決定することが明らかとなってきている。

[黒岩麻里 2023年10月18日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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