為政者や支配層がその権力を独占的に維持し強化すべく,民衆や被支配層の政治的・文化的な覚醒を妨げ,また政治批判能力の形成を抑止するために採用する一連の政治的術策をしばしば愚民政策とよぶ。そこでは支配層は被支配層との身分的・能力的ないし民族的な異質性を意識しながらも,ある場合にはそれを隠蔽し,ある場合にはことさらそれを強調することによって,被支配者の諸種の政治的関与の可能性を最小限化しようとする。愚民政策の背景には,一方でそもそも人民は愚かな存在にすぎないという素朴な愚民観,他方で個々の人間は可能性として主体的存在であり,時に賢民たりうるという屈折した賢民観がある。それは,支配の神話や政策に対して被支配層の忠誠や支持を調達して民衆の馴致(じゆんち)・統合をねらう支配の正統化政策とは対照的に,情報の遮断による民衆の知的疎外,アメとムチによる管理・抑圧を通じて支配政策への盲従と非抵抗とをもたらそうとする。古典的には参加を排除した民衆操縦にほかならず,独裁的な専制支配,異民族による占領・植民地支配にしばしばみられるものである。具体的な例として,素朴な愚民観を背景とする文盲政策,一定の食糧と娯楽とを提供して愚民化を誘う〈パンとサーカス〉(ムッソリーニ)の政策,あるいはアメリカのフィリピン政策に代表的なスクリーン,スポーツ,セックスによる欲望動員たる3S政策などがある。
ところで愚民政策は裏からいえば,一方で民衆を政治的・文化的に覚醒せんとする啓蒙主義が台頭し,他方で異民族支配からの独立,植民地解放の運動の生起過程で,明確かつ批判的に問題化され打倒対象とされる一支配政策である。現代的には愚民政策は,以上のような政治能力の抑制,参加の排除,画一的行動様式の強制に限定されるものではない。もとより大衆デモクラシー,管理社会化の進展という状況にあって,コマーシャリズムの隆盛や各種催物の盛況は民衆の関心を非政治に動員する機能をもち,結果として愚民化を招来しかねない。しかし,それ以上に逆説的なことは,〈人民,国民,プロレタリアート〉を主権者シンボルとなす民主主義ないし社会主義の体制神話そのものが,言語象徴の駆使によって名目上の主権者を操作する愚民政策たりうることであろう。
執筆者:坂本 孝治郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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