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慈山 じざん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

慈山 じざん

妙立(みょうりゅう)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

じざん【慈山】

1637‐90(寛永14‐元禄3)
江戸前期の天台律僧。字は妙立(みようりゆう),美作の人。17歳のとき山城花山寺の雷峰に入門出家して禅を修め,やがて大悟徹底したと自任,1664年(寛文4)坂本に草庵を結んだが,東山泉涌寺で《大蔵経》を3年たつとも半分しかみられず,はじめて自己の傲慢を悟り天台宗に入門した。四分律の戒を受け南山道宣の教えを学んで律僧となり,天台の三大典籍である玄義,文句,止観を研究し,中古以来の天台の邪風をしりぞけ律義の興隆を主張した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

慈山
じざん
(1637―1690)

江戸前期の僧。字(あざな)は妙立。美作(みまさか)国(岡山県)の生まれ。17歳で京都花山寺(かざんじ)の雷峰について出家。1668年(寛文8)泉涌寺(せんにゅうじ)で学び仏教典籍(てんせき)を読破し、大津の坂本において『瓔珞(ようらく)経』に基づき自ら誓って戒律を受け、天台宗の教学に傾倒した。天台宗は大乗戒によっていたから、小乗戒による慈山を排する動きがあったため、京都に移り住んだ。大原梶井門跡(かじいもんぜき)や聖護院(しょうごいん)門跡をはじめ、在家居士(こじ)らの尊崇を受け、天台教学を講じ、天台宗が小乗戒を兼学すべきことや、即心念仏を主唱した。元禄(げんろく)3年7月3日54歳で寂。門弟に霊空光謙(れいくうこうけん)がある。[木内堯央]

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