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霊空 れいくう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

霊空
れいくう

[生]承応1(1652).筑前
[没]元文4(1739).10.4.
江戸時代中期の天台宗の僧で,安楽律による比叡山中興に功労のあった人。妙立 (1637~90) について十重禁戒を受け,妙立の寂後,研究,講演,著述に努め,元禄8 (95) 年に『法華文句』を講じたときは日に 1000人の聴講者がいた。

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デジタル大辞泉の解説

れいくう【霊空】

[1652~1739]江戸中期の天台宗の僧。筑前の人。比叡山で妙立(みょうりゅう)に律を学び、のち横川(よかわ)安楽律院に住した。天台教観を中興し、律を唱道。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

霊空 れいくう

1652-1739 江戸時代前期-中期の僧。
承応(じょうおう)元年生まれ。天台宗。妙立(みょうりゅう)に師事し,小乗の四分律兼学の必要性を説く。元禄(げんろく)6年比叡(ひえい)山横川(よかわ)の安楽律院住持となり,同院を律の道場とし,江戸,日光にも律院をひらいた。安楽院派2世。元文4年10月4日死去。88歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。俗姓は岡村。法名は光謙。号は幻々庵,有門庵。著作に「法華(ほっけ)文句記講録」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

霊空

没年:元文4.10.4(1739.11.4)
生年:承応1(1652)
江戸中期の天台僧で安楽律の大成者。もと諱は光舜,のち光謙と改める。字は霊空,幻々庵と号す。筑前(福岡県)岡村氏の出身。9歳で母を亡くし,14歳で出家する。17歳にして比叡山延暦寺に登り,以後,天台宗を学ぶ。寛文11(1671)年ごろ,妙立慈山 の戒律復興の志を聞き,延宝6(1675)年には妙立に従って,『梵網経』の大乗戒と『四分律』の戒を兼ねる(大小兼学)運動に参加し,破戒を旨とする玄旨帰命の邪義であることを主張する。元禄3(1690)年に妙立が死去すると,その後継者となる。また天台座主より安楽律院(滋賀県大津市)を興律の道場として認められる。さらに,元文4(1739)年には,一紀(12年)籠山を勤めたものは,安楽律院で『四分律』を必ず兼学することも認められた。

(松尾剛次)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

霊空
れいくう
(1652―1739)

江戸中期の天台宗の僧。筑前(ちくぜん)国(福岡県)出身。霊空は号。名は光謙(こうけん)。1665年(寛文5)福岡の松源院豪光について得度(とくど)、初め光舜(こうしゅん)といった。その後比叡山(ひえいざん)に入り天台教学を修学。71年、守澄(しゅちょう)法親王の命で星光院住職となり、妙立(みょうりゅう)の教えに接し、78年(延宝6)妙立から梵網戒(ぼんもうかい)を受ける。のち経疏(きょうしょ)を講じ、93年(元禄6)横川飯室(よかわいいむろ)谷の安楽律院に住し、四分律を鼓吹し、中国宋(そう)代の天台教学を賞し、安楽律を主張、妙立没後に具足戒を受け、古来の教学を伝える諸師と対立したが、日光山輪王寺(りんのうじ)宮が調停し擁護した。著書が多数あり、安楽派二祖としてその確立を果たした。[木内曉央]

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世界大百科事典内の霊空の言及

【光謙】より

…江戸前期の天台律僧。字は霊空,筑前の出身,17歳で叡山に登り,ついで西塔の星光院に住したが,1678年(延宝6)妙立慈山の門弟となり,89年(元禄2)《闢邪篇》を著して天台の邪説である〈玄旨帰命〉を排撃した。93年輪王寺宮公弁法親王は叡山飯室谷の安楽院を律場とし,その住持とした。…

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