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戊子入明記 ぼしにゅうみんき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戊子入明記
ぼしにゅうみんき

室町時代中期の遣明船の記録。1巻。策彦周良 (さくげんしゅうりょう。 1501~79) 著。応仁2 (1468) 年遣明正使天与清啓が将軍足利義政の命によって渡明したときのことを,天文年間 (1532~55) 明へ渡った周良が抄記したもの。室町時代,日明間で取引された荷物や商品についての目録,乗船に関することなどが記されている。原本は京都の妙智院にある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼしにゅうみんき【戊子入明記】

信濃国開善寺の僧天与清啓が,1468年(応仁2)に渡航した遣明使の正使となったときの記録。過去の先例も参考として含まれている。1巻。進上品,交易品,乗組員の構成,勘合,遣明船の警備等,日明関係の具体的内容を伝える好史料である。京都市妙智院にある原本は清啓自身の筆ではなく,天文期(1532‐55)に2度渡明した策彦周良が参考のために抄録したものと考えられている。《続史籍集覧》所収。【高橋 公明

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世界大百科事典内の戊子入明記の言及

【因島】より

…青陰城をはじめとして現在因島に残る中世の城跡は,ほとんどが村上氏の築城と伝えられる。また1468年(応仁2)に明に渡った天与清啓の記録《戊子入明記》には,渡唐船の一艘として〈隠島熊野丸六百斛〉が記されており,因島が早くから海運の拠点であったことは他の史料からもうかがわれる。村上水軍【外園 豊基】。…

※「戊子入明記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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