捜査心理学(読み)そうさしんりがく(その他表記)investigative psychology

最新 心理学事典 「捜査心理学」の解説

そうさしんりがく
捜査心理学
investigative psychology

心理学の知識を用いて犯罪捜査を支援していくことを目的とする犯罪心理学の一分野である。

【捜査心理学の歴史】 犯罪心理学は,事件犯人がどのような人物であり,なぜ事件を起こしてしまったのかを解明することを研究の中心としてきた。研究対象としては,すでに犯罪者がそこにいることが多かった。まだ捕まっていない犯人をどのように割り出し,どのように検挙すべきかということについては,現場の捜査員が経験から習得していくものであり,心理学のような科学的方法論で行なうものではないと考えられていたのである。ところが,1960年代後半,アメリカ連邦捜査局FBI)は,アメリカ各地で犯人が検挙されていない連続殺人事件が多く発生していることを把握するに至り,これらの事件の捜査手法について研究する必要に迫られた。この種の事件はそれほど多発するわけでもなく,また,犯行動機が不明であることから,現場の捜査員の経験的知識のみで捜査していくのが困難だと思われたからである。この任務に当たったのが,FBIアカデミーの行動科学科のメンバーであった。彼らは当時,アメリカ各地で検挙されていた36名の連続殺人犯人の特徴を分析した。その結果,連続殺人はその犯行の形態が,秩序型organized typeと無秩序型disorganized typeに分類できること,犯人像はこれらのタイプと対応していることが明らかになった。これは,犯行の形態を分析すれば犯人がどのような人物かを推定できることを意味していた。これがプロファイリングprofilingといわれている研究分野のスタート地点であり,実証的な方法を用いて犯罪捜査を支援するという捜査心理学的な研究の始まりであった。その後,FBIは連続殺人で用いたこの方法を,放火レイプ,子どもに対する性犯罪,テロなどに拡張していくことになる。

 一方,このようなFBIの研究とほぼ同時期にイギリスで犯人検挙のための実証的な研究を行なったのは,サリー大学のカンターCanter,D.である。カンターは,当時ロンドンで発生していた連続レイプ事件の解決のためにデータ分析的な手法を導入した。FBIのプロファイリングの方法論は,多くの犯罪のデータを収集して分析するといった点では実証科学の特徴を備えていたが,カテゴリーの作成やそれを個々の事件に当てはめ,実際の犯人の特徴を推定していく段階については,名人芸的な要素もあり,必ずしも科学的とはいえなかった。これに対してカンターのアプローチはデータの収集と分析,考察の各フェイズにおいて,客観的で科学的な方法論を守っているという特徴があった。カンターはそのような立場から,FBIの方法論を批判し,自らの取っている科学的な方法の体系をinvestigative psychology(捜査心理学)と命名した。したがって,狭義の捜査心理学はFBIの研究方法論を含まず,カンターの作り出した犯罪捜査の支援のための科学的方法論の体系のことをいう。ただし,広義では,FBIの作り出した方法論やその成果も犯罪捜査を支援するための心理学知識であることに違いはないので,捜査心理学に含める場合がある。なお,カンターの作り出したプロファイリングの方法論は,彼がリバプール大学にいたときにこの方法論を洗練させたことから,リバプール方式といわれる。

【捜査心理学の研究分野】 捜査心理学の具体的な研究分野としては,FBI方式とリバプール方式の犯罪者プロファイリング,地理的プロファイリング,リンク分析,犯人の行動予測,人質立てこもり事件における説得,突入の意思決定,取り調べ手法,目撃者からの情報収集,自白の真実性の調査,動作からのウソの見破り,ポリグラフ検査を使用してのウソの見破りなどがある。犯罪者プロファイリングoffender profilingは,犯行現場の状況等から犯人がどのような人物であるのか,その属性を推定していくための方法である。アメリカ連邦捜査局が開発したFBI方式のプロファイリングは,犯行形態を何種類かのカテゴリーに分類し,それぞれのカテゴリーの犯人の典型的な属性を記したリストを基に推測を行なっていく方法である。この方法は,当初は連続殺人事件の解決のために作られたものである。連続殺人の犯行形態カテゴリーとして,秩序型と無秩序型が挙げられているほか,レイプ犯については,パワー確認型,パワー主張型,怒りによる報復型,サディスト型という分類がなされている。一方,リバプール方式のプロファイリングは,犯人の行動を統計的に分析してそこから犯人の行動特性を明らかにしていこうとする方法である。リバプール方式のプロファイリングでは,犯人が取った行動と行動の間の相関や行動と属性の相関を多次元尺度構成法などを使用してマッピングし,そのマップを利用して分析を行なっていく。地理的プロファイリングgeographical profilingは,犯罪の地理的な情報から,犯人の居住地を推定したり,連続犯行において,次の犯行場所を予測していく。この概念も,カンターによって作られた。また,ロスモRossmo,K.は連続犯行の地理情報から犯人の居住地を推定するコンピュータ・システムを作り出した。リンク分析linkage analysisは,ある地域で発生した複数の事件のうち同一犯人によって行なわれた事件はどれであるのかを犯行の類似性から判断していく方法である。犯人が取った行動の特徴,とくに多くの犯人が共通して取る行動でなく,その犯人に特有な行動パターンを手がかりとして,それを基にリンク分析は行なわれる。犯人の行動予測は,ある事件を引き起こした犯人が次に同様の犯罪を犯すかどうか,犯すならいつ犯すのか,などをすでに行なった犯人の行動や類似した犯行を行なった犯人の行動パターンなどから推定していく方法である。具体的にはストーカーの行動が今後悪化していくかどうか,誘拐犯人に身代金を払った場合人質はほんとうに解放されるか,脅迫状を送った犯人は脅迫内容をほんとうに実行するか,などの研究が行なわれる。人質立てこもり事件研究では,犯人の行動予測,犯人の特性を考慮したうえでの説得・交渉方法の立案と実行などを行なっていく。

 捜査心理学の各種の研究は,臨床心理学的な方法論を用いるのでなく,多変量解析などを用いた統計的な手法で行なわれることがほとんどであり,またそのような方法論で作られた手法が,実際に有効であるとされている。この種の研究の基礎データは,したがって個々の事件の詳細ではなく,多くの事件に関するデータの集積である。それゆえ,データ収集,データベースの構築,データの分析,地理情報システムとの統合などが重要になってくる。このようなことから,捜査心理学は心理学というよりは,犯罪情報分析criminal information analysisであるととらえられることも多い。 →犯罪 →犯罪心理学
〔越智 啓太〕

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