心理学など,行動科学の分野で多く使われるデータ解析法の一つ。多次元尺度化法,あるいは英名を略してMDSとも呼ばれる。一般に,n個の観察対象(O1,O2,……,On)から2個の対象を取る組合せ(Oj,Ok)のそれぞれについて,OjとOkの差異度Djkまたは類似度Sjkを求め,これらを総合して全対象をn個の〈点〉として多次元の空間に位置づける計算技法を総称する。これにより,対象相互の親近関係の全貌をつかみ,各点間の距離や方向によって差異や類似に影響する未知要因の発見を容易にするという意図をもつ。扱う対象は,知覚的刺激,行動の所産物,テスト項目など,どんな種類のものでもよい。また,親近性の測度は,差異の主観的評定値や両対象を同時に〈好き〉と答えた選好比率など,なんらかの意味で親近性を定義できるものなら,なにを用いてもよい。歴史的には,心理測定における伝統的な一次元的尺度構成の多次元への拡張として登場したが,前者が特定の顕在的性質に限って一次元の尺度化を行うのに対して,多次元の場合は対象群に共通する主要な潜在的性質を探るという目標において異なる。
一般に,心理的事象の研究では,対象の差異を既存の計測手段で計量できない場合が多い。尺度構成とは,このようなときに,なんらかの合理的な手続きにより,着目する特徴の強弱に応じた数量を各対象に付与することで,古くから評定法や一対比較法など,一次元の尺度構成のための多くの技法が使われてきた。評定法は,評定段階--強弱・優劣の程度を表す数値段階(5,4,3,2,1,など)または副詞カテゴリー(かなり強い,やや強い,……,など)--を用いて,多くの人が個々の対象を評定し,その平均を用いるなどして各対象の尺度値を定める。一対比較法は,全対象から対象2個ずつの対を取り,各対について,どちらが注目する特徴の強度に関して優るかを評定し,すべての対の結果を総合して各対象の尺度値とする。いわば,野球のリーグ戦の成績から参加全チームの優劣を直線的な目盛の上に表すことに当たるが,個々の対の情報をどう総合するかの考え方の選択により,得られる尺度は異なってくる。どのような技法によるとしても,この種の一次元尺度構成では,結果的な尺度値の高低が基礎データの部分的情報としばしば矛盾するようであれば,妥当な〈一次元尺度〉とはみなされない。たとえば,評定法で,各対象への評価が評定者の別により逆になる傾向が著しい場合や,一対比較法で,対象の組合せ(O1,O2)の差が(O1,O3)の差より小さいのに尺度上でO1-O3-O2の順に並ぶとすれば,尺度を〈一次元〉とみなすには無理がある。多くの場合,尺度値とデータの部分的情報との完全な整合性は望めないが,可能な限り整合するよう尺度を作ることが要求される。そのため,尺度値から部分の情報をよりよく再現できるような種々のモデルや計算技法が考えられてきた。
これらの方法に対する多次元尺度構成法の重要な相異点は,一般に複数次元の尺度構成を目指し,かつ各次元の意味内容を事前に定めないことである。手続きは一対比較形式によるが,2個の対象(Oj,Ok)の強弱や優劣の比較ではなく,両対象の〈親近度〉を計測する。多数の顔写真から2枚ずつ取り出す場合を例にすると,容貌が似ているか似ていないかの程度を観察者に評定させる。このとき重要なことは,容貌の特定の要素(たとえば眼の大きさ,髪型など)にこだわらず,全体的印象としての顔の類似・差異を判断してもらうことである。対象2個の各対の親近度が求まれば,これらを合成して,よく似ている対象どうしが近くに集まり,似ていない対象どうしは遠く離れるように各対象の空間座標値を計算し,全対象を空間に配置する。このとき,もしも顔の類似が〈顔の細さ〉だけで決まるならば,全対象は一次元的に(直線的に)並ぶことになろう。しかし,顔の類似感が,そんなに単純でなく,多様な要素によって形成されるとすれば,結果的な空間は一般に2次元以上の空間になろう。このような空間配置から各次元の意味を見つけ,対象相互の類似・差異に影響する要因を探ろうとするのが,多次元尺度構成法である。いわば,対象間の親近関係の裏にある潜在的次元を見いだしつつ,個々の対象の特性を知るための方法であるといえる。
多次元尺度構成法には多くの種類がある。計量的(メトリック)MDSとよばれる方法は,対象の各対の差異の計量値Djkを,そのまま空間上の距離djkに対応させる技法を指す。トーガソンW.S.Torgerson(1952)により最初に考案された。しかし,この技法では,差異の計量値全体が相互にユークリッド空間の距離の関係を満足していることが前提条件になっている。実際場面で用いたい差異度や類似度は,この保証のないものが多く,利用の範囲が狭いのが欠点である。これに対して,非計量的(ノンメトリック)MDSと総称される技法では,この種の制約がなく,任意の測度を使用できることが大きな長所である。これらの技法は,差異度の大小順(Dij>Dik>Djk>……)と結果的な空間での距離の大小順(dij>dik>djk>……)を一致させることを目指す。すなわち,すべての対の差異度の大小順だけを多次元空間で再現すればよい。したがって,個々の差異度の絶対量の情報を捨てることになるが,他方では,次のような利点を期待できる。すなわち,差異Djkの大小順位だけを取り上げるため,粗い計測で数値そのものには高い信頼を寄せられないとき,安定した,むしろ妥当な結果が得られる。また,差異度の値は順位の番号そのものでもよく,同じ意味で類似度もなんらの支障なく差異度に変えることができる。さらに,計量的MDSと比べて,より少ない次元数の空間配置が可能になる。非計量的MDSのどの方式も,結果的な空間の対象間距離の大小順が入力データの差異度の大小順をどの程度再現しているか,を評価するための最適化基準が必要になる。計算では,まず,空間の次元数を固定し,全対象に仮の座標値を与えて,これを逐次改善するという手続きによる。各段階で,全対象の配置に対する最適化基準の値をチェックし,この値を改良する方向へと各対象を少しだけ移動させる,という手順を反復して,基準値改善の余地がなくなるまで行う。この最適化基準や最適化のアルゴリズムの別などにより,シェパードR.N.Shepard(1962),クルスカルJ.B.Kruskal(1964),ガットマンL.Guttman(1968)らの手法をはじめとする多くの技法が開発されている。これらのほかに,特殊な技法も少なくない。たとえば,差異度の行列が観察者別に存在するとき,全対象の親近関係と観察者間の個人差特徴とを同時的に明らかにする〈個人差を考慮したMDS〉(キャロルJ.D.CarrollとチャンJ.J.Chang,1970)などが利用されている。
多次元尺度構成法は,多くの対象や事象の類似性をおおまかに空間上に写し出し,内在する特徴の理解に役立てようとするものである。このことは,多くの変数間の相関関係を潜在的な共通因子でとらえる因子分析法の狙いによく似ている。しかし,因子分析法と比べると,非計量的MDSにみられるように,はじめの計測が融通性に富み,扱えるデータの範囲が広いという特色がある。その意味で,きわめて有用な探索的データ解析の方法である。
→因子分析
執筆者:水野 欽司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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