犯罪心理学(読み)はんざいしんりがく(英語表記)criminal psychology

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

法律によって処罰される反社会的,反公共的な行動について,その背景となる心的機制を明らかにする心理学知能性格などの個体の素質的要因と,成育環境や社会構造などの外的要因との複雑な相互作用による犯罪行動の原因およびその成立過程を解明し,また犯罪者の社会復帰の方策心理学的に考究する。近年では,被害者の心理,人格を研究する被害者学 victimologyも含まれるようになった。

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百科事典マイペディアの解説

犯罪および犯罪者の心理を研究する心理学の一分野。犯罪者の性格,性差,年齢,知能,精神的・肉体的疾患などと犯罪との関係や,犯行の心理,犯行の類型,犯罪の原因などを明らかにし,犯罪そのものの因果法則を確立しようとする。→被害者学

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大辞林 第三版の解説

犯罪および犯罪者の行動・心理を研究する心理学の一部門。犯罪行動とその心理、犯罪者のパーソナリティー、供述・証言の心理、矯正などの問題を取り扱う。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

犯罪精神医学、犯罪社会学などとともに犯罪学criminology(刑事学ともいう)の一部門を構成し、犯罪(少年の非行を含む)行為・現象および犯罪者(非行少年を含む)を心理学の立場から解明する心理学の一分野。その成果は、広く犯罪(者)・非行(少年)を取り扱う実務領域での専門業務に活用されている。たとえば、警察での防犯・捜査・補導、検察・裁判での証言や供述の取扱い・立証、矯正・保護での刑罰執行・分類(処遇類型化)・鑑別・各種処遇・社会復帰などである。[遠藤辰雄・安香 宏]

研究内容

分野別に示すと、犯罪原因論(個体的と環境的の2側面からの究明に大別)、犯罪者処遇論(教育、職業訓練、心理治療、施設内・社会内・中間的処遇の技法等の研究)、犯行動機論(行動への顕在化に際しての誘因の究明)、犯罪予測論(早期予測と再犯予測の2種に大別)、裁判心理学(証言の信憑性(しんぴょうせい)の検討)、犯罪者集団・組織犯罪の分析、被害者学、法心理学(有責性、立法・法改正の心理的背景等の研究)、精神病理学的事例研究などとなる。[遠藤辰雄・安香 宏]

研究方法

事例研究法、面接法、テスト法、行動観察法、社会調査法、実験法、統計的方法などが用いられ、殺人・放火・窃盗などの罪名別、性犯・暴力犯・財産犯などの罪種別、性別、年齢別、単独犯・集団犯別などの考察や、非犯罪者群との比較、被害者との関係といった分析も試みられる。[遠藤辰雄・安香 宏]

歴史

犯罪心理学の研究は、ドイツにおいて18世紀初期に法医学の一領域として、犯罪者の判断・動機の研究に始まった(1715年の文献が残されている)。しかし経験科学的方法が取り入れられ、犯罪者の人格に目が向けられるようになったのは18世紀末のことである。ことにドイツの詩人で劇作家シラーの作品『名誉を失った犯罪者』(1786)は、劣等感とその過補償の心理を明らかにし、ドイツの刑法学者フォイエルバハは「心理強制説」(犯罪によって得られる利益が、それに対する刑罰より少なければ、だれも罪を犯さないという仮説)と刑事事件の記録集(1808、1828)によって、後世に大きな影響を与えた。
 19世紀に入ると、イタリアの医師ロンブローゾによる犯罪人類学というアプローチ(1876)のなかで、犯罪者は進化とは逆の退化によって原始人的身体特徴を生来的にもつ者だとの宿命論が主張され、これが犯罪者についての実証的研究の始まりとされる。
 20世紀を迎え、心理学そのものの発展と犯罪および犯罪者をめぐる学際的研究の促進は、犯罪心理学研究を今日のように多彩にした。1920年代にオーストリアやドイツで始まった犯罪生物学では、精神医学者が中心となり、犯罪者に関する遺伝的・身体的・心理的・環境的要因を多面的に収集する学際研究が盛んになされた。わが国でも、第二次世界大戦前に寺田精一(せいいち)(『犯罪心理学』1926)、小熊虎之助(とらのすけ)、石井俊瑞(しゅんずい)、吉益脩夫(しゅうふ)らの業績があるが、戦後、日本犯罪心理学会の結成(1962)とその活動(2000年10月現在、会員数約1000名)を中心に多くの研究報告や出版がなされている。それは、大学・研究所のほか関係の施設・機関に多くの心理学者の参加が求められるようになったことを背景としている。[遠藤辰雄・安香 宏]

研究状況

現在、研究は、行動主義、人間性心理学、精神力動論(精神分析学派を含む)、自我心理学、発達心理学などの立場から進められている。しかし、いずれの学派も、犯罪行動が、個人の状況認知と、その行動によって獲得が期待されることとに依存すること、いいかえると、犯罪行動が、日常生活のなかで学習された行動様式と状況の認識とが絡み合って起こることは認めている。
 そして犯罪からの立ち直りに関しては、日常生活における社会化、ことに人間関係を通じての、家族・学校・地域社会への愛着や献身、あるいは道徳や法を尊重する信念の形成のためのスキルの学習を問題とすべきであるとし、同時に、主体性確立や自己実現の欲求と自己統制、状況認知と罪の意識や思考様式との関係など人間の内面性にも視点を向けるべきであるとしている。[遠藤辰雄・安香 宏]
『遠藤辰雄著『非行心理学』(1974・朝倉書店) ▽安香宏・麦島文夫編『犯罪心理学』(1975・有斐閣) ▽福島章著『犯罪心理学入門』(中公新書) ▽山根清道編『犯罪心理学』(1974・新曜社) ▽岩井弘融・遠藤辰雄・樋口幸吉・平野龍一編『日本の犯罪学』1~8巻(1969~98・東京大学出版会) ▽守山正・西村春夫著『犯罪学への招待』(1999・日本評論社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 犯罪や、犯罪者について研究する心理学。犯罪者の心理、人格、性格、犯罪捜査に関する心理学的な方法、また、犯罪予防のための心理的な条件などを対象とする。
※路傍の草(1925)〈寺田寅彦〉六「犯罪心理学者の研究資料にもなれば」

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最新 心理学事典の解説

犯罪を巡る行動の原理を明らかにする心理学の一分野。捜査,裁判,矯正,更生保護などの司法手続きや防犯活動,被害者支援活動にも応用される。

【犯罪心理学の歴史】 1.生物学的アプローチ 犯罪を初めて科学的,実証的な方法で研究したのはイタリアの医師ロンブローゾLombroso,C.であった。彼の研究アプローチは犯罪人類学criminal anthropologyといわれる(1876)。彼は,骨相学の流行などの影響を受けて当時盛んであった身体計測技術を用いて犯罪者と非犯罪者を比較し,犯罪者の特性を明らかにしようとした。研究の結果,彼は犯罪者には頭の大きさや形,あごやほお骨の異常な発達,顔の非対称などの身体的異常が見られることを示し,これらの特徴が人間よりも動物に近いなどのことから,犯罪者は動物へと退化し先祖返りした存在であると主張した。この説を生来性犯罪者説という。もちろん,彼の説は現在では信じられていないが,客観的な方法と測定によって犯罪現象の解明をめざしたという点で彼は犯罪研究の父ともいわれる。

 ロンブローゾの理論は,イギリスのプリチャードPrichard,J.の影響を受けていたとされる。プリチャードは,犯罪者は道徳的感覚が衰え,善悪の区別ができない道徳的狂人であると考えており,フランスのモレルMorel,B.はこの特徴は遺伝すると主張していた。ロンブローゾの研究はその後,ガロファロGarofalo,R.などによって刑事政策にも応用されていく。ガロファロは,遺伝的で器質的な欠陥をもち,共感性や愛他心が根本的に欠如している自然犯delitto naturaleという概念を提案し,彼らに対しては死刑や無期の流刑などの厳しい刑罰を適用すべきであると主張した。

 ロンブローゾ以後の犯罪研究は,単に生まれつきの犯罪者という考えから,その実体を探る研究や,環境との交互作用について注目する研究に移っていく。ゴダートGoddard,H.H.やダグデールDugdale,R.は,知的障害が犯罪を引き起こし,その障害は遺伝するという説を提案し,実際に知的障害や犯罪行動が遺伝する家系を発見した。ランゲLange,J.は一卵性双生児と二卵性双生児を比較する双生児法を使用して犯罪が遺伝する可能性を示した。クレッチマーKretschmer,E.は性格と体型の関係についての学説を提唱したが,その中で犯罪についても言及している。ウィーンの医学者であったクラフト・エービングKrafft-Ebing,R.F.vonは,犯罪者の精神鑑定を通じてとくに性的逸脱や性犯罪についての研究を行ない,やはり生物学的な要因を重視した。レンツLenz,Aは,その著書『犯罪生物学原理Grundriss der Kriminalbiologie』(1927)で,遺伝によって決定されている生物学的な要因の重要性を指摘しつつも,実際の犯罪は環境的な要因との交互作用によって発生すると指摘した。

2.精神医学・心理学的アプローチ 生物学的なアプローチが発展していく一方で,プリチャードやモレルなどの精神医学者による犯罪研究も進展していく。彼らは,犯罪の生物学的な基礎を探究するよりもその精神的なメカニズムを明らかにしようとした。このアプローチでは,犯罪者を対象とするよりも一般の人の神経症や精神疾患のメカニズムを研究する中で,その現われ方の一つとして犯罪を取り上げた。この流れの中で現われてきたのがフロイトFreud,S.の精神分析学,精神力動的なアプローチである。彼がヒステリーなどの症状の理解のために発展させたエス,自我,超自我などの概念を用いた心的モデルは犯罪などの逸脱行動を理解するために盛んに用いられていく。たとえば,ヒーリーHealy,W.は,非行の原因を幼少期の親子関係に求めた情動障害非行理論を提唱したし,アドラーAdler,A.は,劣等感に対する過剰な代償行動が犯罪につながるという説を提唱している。アイヒホルンAichhorn,A.は,自我と超自我の未発達が非行を導くとし,顕在化している非行以外にも潜在的な非行の存在があるとする。フリードランダーFriedlander,K.は幼児期の母子関係によってフロイトのいう現実原則を十分に学習ができず,その結果として原初的な欲求がそのまま発現してしまうのが非行や犯罪であると考えた。非行少年や犯罪者のアセスメントにおいては現在でもこのような力動的なアプローチを取っている実務家,研究者も少なくない。

3.社会学的アプローチ 生物学的なアプローチに対して,社会的な環境の重要性を主張した研究者たちがいる。その代表的人物は,フランスのラッカサーニュLacassagne,A.M.らである。彼らのグループはリヨン環境学派とよばれ,ロンブローゾらの犯罪人類学的なアプローチに対抗し,さまざまな社会的要因,とくに貧困が犯罪を引き起こすという実証的なデータを蓄積した。そして,犯罪をなくすためには社会変革が必要であると考えた。この流れの影響を受けた著名な研究者に,デュルケムDurkheim,E.などがいる。彼は犯罪は出産や結婚,死亡などと同じように,人間がいればどのような社会であっても一定数発生するものであり,それはある意味で社会にとってはなくてはならないものであるという犯罪常態説を唱えた。また,リヨン学派の思想は,20世紀に入るとドイツやオーストリアなどにも広がり,最良の刑事政策は最良の社会政策である,つまり社会を良くしていくことが結果として犯罪も減らしていくという主張を行なったドイツ刑事社会学派のリストLiszt,F.vonや,「社会的要因が犯罪を引き起こす過程を研究していくのでなく,犯罪を引き起こすような社会を研究して」,最終的には社会主義社会を実現していくことによって犯罪をなくしていこうとするボンガーBonger,W.A.などのアプローチもある。

4.犯罪研究のその後の展開 犯罪研究は上記の三つの源流のもとに相互に影響を与えながら,20世紀においてさまざまな研究を積み重ねていった。生物学的なアプローチでは,ホルモンや神経伝達物質,脳や遺伝子,栄養などと犯罪の関係について研究が積み重ねられた。精神医学,心理学的アプローチでは少年司法システムの整備や心理学専門職種の少年司法制度への進出,各種心理テスト,アセスメント技法とともに発展し,制度化されていった。グリュック夫妻Glueck,S.,& Glueck,T.による非行少年と一般少年の心理テスト結果の大規模な比較研究なども行なわれた。社会学的アプローチはアメリカに主な舞台を移し,アノミー論,社会的コントロール理論,ラベリング理論などのさまざまな理論を生み出していった。

 最近では,犯罪心理学の領域がさらに広がってきている。まず第1に,捜査過程についての研究が盛んになってきた。たとえば,アメリカ連邦捜査局(FBI)が連続殺人事件の捜査のために開発し,その後多くの罪種に適用されるようになった犯罪者プロファイリングoffender profilingは犯人の事件現場での行動からその属性を推定する技術である。また,カンターCanter,D.によって創始された地理的プロファイリングgeographical profilingは,連続する事件の犯行地点の地理的な情報から犯人の居住地を推定したり,次の犯行現場を予測する技術である。

 第2に,法と心理学領域の研究が盛んになってきた。そこでは裁判などの過程において,心理学的な知識を用いて適切な法運用を支援していく枠組みで研究が進められてきた。この分野の研究は,実は19世紀末ころのキャッテルCattell,J.M.やシュテルンStern,W.の目撃者の証言の信頼性に関する実験研究や知能テストの生みの親であるビネーBinet,A.の子どもの誘導されやすさに関する研究にさかのぼることができる。1970年代に,認知心理学者であるロフタスLoftus,E.F.が行なった目撃者の記憶の研究をきっかけに証言に関する研究が再び多く行なわれるようになったほか,陪審員・裁判員の意思決定に関する研究,裁判官の判断プロセスに関する研究,取り調べに関する研究などが行なわれるようになってきた。

 第3に,防犯のための心理学研究が行なわれるようになってきた。今まで述べてきたように,従来の犯罪心理学はすでに起きてしまった犯罪についてその犯罪者の特質を研究するものが中心であった。それに対してこのアプローチでは,そもそも犯罪を起こさないためにはどのようにすればよいのかが研究される。とくに犯罪発生の環境的な誘発要因を明らかにし,環境設計,住宅デザイン,都市計画などによって犯罪を防ぐといったアプローチの研究が行なわれている。著名な研究者としては,日常活動理論のフェルソンFelson,M.や状況的犯罪予防crime prevention through environmental design(CPTED)のジェフリーJeffery,R.などがいる。

 第4に,被害者に焦点を当てた研究が現われてきた。具体的には被害者心理学,被害者カウンセリングなどの分野である。これは従来の犯罪研究,司法システムが犯罪者にのみ焦点を合わせて,被害者は,研究からもシステムからも取り残されてしまっていたという現状認識からスタートしたものである。主要な研究者としては,メンデルソーンMendelsohn,B.やヘンティッヒHentig,H.vonなどがいる。

【犯罪心理学の分野】 犯罪と人間のかかわりにはさまざまな形態があるので,そのどの側面をどのように研究するかによって犯罪心理学にもさまざまな下位分野がある。

 犯罪原因論criminal etiologyは,犯罪の原因を明らかにしようという研究アプローチである。犯罪原因論の中にはホルモンや神経伝達物質,体内にある微量金属や栄養分などと犯罪の関係を明らかにしようとする生物学的なアプローチ,犯罪と家族関係,兄弟関係,生育歴,トラウマ等の関係,メディアや教育など心理的な環境との関係を明らかにしようとする心理学的なアプローチ,友人関係や学校,地域社会,文化や社会体制,経済状況などとの関係を明らかにしようとする社会学的なアプローチがある。

 捜査心理学investigative psychologyは犯罪捜査に心理学の知識を応用しようとする分野であり,犯罪者プロファイリング,地理的プロファイリング,効果的な取り調べ技術の開発,人質立てこもり事件における犯人の説得や突入のタイミングの意思決定などの研究がこれに含まれる。

 裁判心理学court psychologyは,陪審員や裁判員の意思決定の問題や裁判官の認知,思考などの問題,公判における手続きの心理的側面についての研究などを行なう。

 矯正心理学correctional psychologyは,犯罪者や非行少年の資質を鑑別し適した方法で処遇を行ない更正を促す方法を研究し,それを実践する心理学である。広い意味では,社会内処遇などの更正保護における心理的な援助なども含む。なお,精神鑑定は犯行時の犯人に責任能力があったかどうかを診断する分野である。この診断に心理学者が参加することはあるが,犯人が精神疾患であるかの判断が求められるので,基本的には心理学の一分野というよりは精神医学の一分野であり,犯罪精神医学,あるいは司法精神医学とよばれる。

 防犯心理学crime prevention psychologyは,犯罪を防ぐための方法について研究していく分野である。犯罪を防ぐためには犯罪者の行動の特徴を知ることが必要であり,その知識に基づいて効果的な防犯対策を立案,実行する。具体的には,犯罪の起きやすい環境条件,犯罪を防ぐための住居設計や都市計画,防犯教育等の研究を行なう。

【犯罪心理学の隣接分野】 犯罪は,心理学者以外にも多くの研究分野の研究者や行政,司法関係者が関心をもっている現象であるため,さまざまな研究分野がつくられてきた。

 犯罪学criminologyは,主として社会学的な方法論を用いて犯罪の原因や性質を研究していく分野である。とくに非行に関するさまざまな理論を作り出してきた。犯罪社会学criminal sociologyもほぼ同様な学問分野である。この学問名称は,エンリコEnrico,F.の有名な著作の名前であり,日本では犯罪社会学会という学会もあるが,海外では犯罪社会学という学問名称はそれほど用いられているわけではない。逸脱行動論は,社会学的な方法論を用いて逸脱行動の発生やそのメカニズムを検討する社会学の一研究アプローチであるが,犯罪は,逸脱行動の代表的なものであるので,離婚や薬物中毒などの問題と並んで論じられる。刑事政策criminal politicsは,犯罪学などの実証的な犯罪研究の成果を実際の行刑や司法システムの中に適用していくための学問である。なお,刑事政策と同様の学問名称として刑事学penal scienceがある。日本の大学では,刑事政策と刑事学のどちらかの名前で講義が行なわれているがその内容は同じである。「刑事学」はフランス語のsciences penale,「刑事政策」はドイツ語のKriminalpolitikの訳語であることに由来している。なお,刑務所の理念やその運用を研究する刑事政策の一つの分野を行刑学penologyということがある。また,警察の活動について研究する分野を警察学police scienceという。

 法心理学forensic psychologyは,法学と心理学の接点ともいえる学問である。心理学による人間の行動に関する知識を用いながら,より適切な捜査や公判などの司法プロセスを実現していくための研究を行なっている。具体的には,裁判員制度,捜査や裁判での供述,目撃証言,虚偽自白,冤罪の問題などが扱われている。日本では「法と心理学会」という名称の学会がある。

 被害者学victimologyは,犯罪被害者の特質を理解し,総合的に支援をしていくための学際的な研究分野である。被害者のおかれている状況やその心理特性についての実証的な研究から,被害者救済についての立法や政策立案までを射程に入れている。従来の犯罪研究が加害者や警察等の統制側に焦点を当てて発展してきており,被害者が無視されてきたことが近年,反省されその中で成立してきた新しい学問分野である。

 被害者心理学victim psychologyは,犯罪の被害者を対象としてその被害からの心理的な回復を支援するための分野であり,被害者学の一部分である。犯罪被害者はしばしば心的外傷後ストレス障害(PTSD)の状態にあり,犯罪によるPTSDはPTSDの中でも症状が重いことが多いことから,その部分に特化した支援の方法について研究していく。基本的には,臨床心理学の一分野であるが,犯罪被害者個人のみでなく,家族やコミュニティなどにおける被害回復や,犯罪被害直後の危機介入なども含めた対応など広い範囲での研究が行なわれている。

 犯罪精神医学criminal psychiatry,犯罪精神病理学criminal psychopathologyは,精神医学の一分野であり,とくに精神疾患に基づく犯罪についての医学的な知識体系である。司法システムの中では,精神鑑定を行なったり,精神障害者の犯行プロセスを明らかにし,その診断,予防と治療などを行なう分野である。

【犯罪心理学の研究方法】 犯罪心理学も心理学の一分野であるので,その研究方法論は心理学一般の研究方法と違いはなく,ケース研究,実験,調査,観察などの方法で研究を行なう。伝統的に犯罪心理学領域で最も多く行なわれてきたのは,ケース研究である。この方法論は,とくに矯正分野の犯罪心理学で多く使われてきた。非行少年や犯罪者をアセスメントし,面接する中で対象者が犯罪に至った経緯を理解するとともに,教育や更生を試みその効果を調べるというものである。この方法は凶悪な犯罪などの特異で類似ケースの少ない行動を理解していくためには,不可欠であるのだが,統制群が存在するわけではないので,得られた結果,考察がどの程度科学的な知識であるといえるのかに問題がある。フィールド研究は,実際に犯罪や非行の現場に赴き,そこで行動する人びとと直接交流しながら,現象を明らかにしていく方法である。この方法は,統制された研究が見落としがちなさまざまな現象を直接的に把握できるものである。たとえばストリートギャングや暴走族などについて優れた研究が行なわれている。フィールド研究は現象をあるがままに把握するという意味では優れた方法であるが,やはり統制されていない観察であるため,そこで見いだされた現象の原因や因果関係等についての検証が困難という問題がある。

 実験は,あらかじめ計画された実験計画に基づいてシステマティックに現状に介入し,効果を確認するものである。犯罪心理学領域では目撃証言の信頼性の研究や陪審員の意思決定の研究,メディアが攻撃行動に及ぼす効果など認知心理学や社会心理学などの領域と重なる分野の研究で用いられている。実験的方法は科学的な手法という意味では最も優れている方法であるが,実験参加者に実際に犯罪を引き起こさせるわけにはいかず,また,実際の犯罪を体験させるわけにもいかないので,結局,模擬犯罪場面や模擬裁判場面で実験を行なうことが多く,どの程度,研究結果に生態学的な妥当性があるのかについて問題にされることが多い。

 調査は,質問紙法などを用いるもので,現代の犯罪心理学研究の中では最も多く用いられている方法である。代表的な方法論としては,犯罪者や非行少年に対して質問紙調査を行ない,それを対照群と比較して犯罪者の特性を明らかにする研究がある。また,一般の人びとを対象として,犯罪被害の経験や今まで行なった犯罪や非行に関する自己申告調査が行なわれることもある。また,公的な統計や大規模な世論調査などを用いた研究も行なわれる。

 犯罪現象は複雑多様であり,かつその研究においては倫理的な問題も発生することが多いので,単一の方法でその現象を理解することは難しい。そのため,さまざまな方法で行なわれた研究を統合し犯罪現象を浮彫にしていくという方法が必要となる。 →矯正心理学 →裁判心理学 →司法精神医学 →捜査心理学 →犯罪 →被害者学 →非行 →法心理学
〔越智 啓太〕

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