政治学史(読み)せいじがくし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治学史」の意味・わかりやすい解説

政治学史
せいじがくし

政治学史は文字どおり政治学の歴史を表すが、この場合の政治学は、政治科学という狭い意味ではなくて、それをも含めた広義の政治学、つまり、政治哲学政治思想、政治理論、政治学説、政治イデオロギーなどを包含する意味に用いられている。したがって政治学史は広く政治に関する思想や理論の歴史をさす。実証的な科学としての政治学がそれ以外の思弁的、哲学的な政治に対する考察から画然と区別され、独立の学問分野を形成するに至ったのは、比較的最近のことに属するから、歴史をさかのぼればさかのぼるほど、政治に関する学問的考察においては、科学や哲学が未分化のままに取り扱われている。したがって政治学史といえば、政治に関する種々の理論・学説・思想を、科学や哲学の別なく歴史的に考察する学問分野と解して差し支えない。

 英語やドイツ語では政治思想や学説を表すのにポリティカル・セオリーpolitical theory、ポリティッシェ・テオリーpolitische Theorieという語が用いられるので注意しなければならない。というのは、セオリーtheoryという語は通常、理論とも訳されるので、ポリティカル・セオリーといえば政治に関する実証的、経験的な科学理論を表すものとして解されるからである。さらにこの場合の理論という語は、「理論と実践」theory and practiceといわれる場合の「理論」でもあるので、現実に応用され適用される理論の意味ももっている。したがって、政治学political scienceと政治理論political theoryとは、同義か、それとも一部分のみが重なるかは、それらが用いられている前後関係から判断しなければならない。論者によっては、ポリティカル・セオリーという語を経験的な政治理論と、理念的、倫理的な政治理論(思想・学説)との統合を目ざすものとして用いようとしている。さらにまたセオリーという語は、科学的、経験的法則を体系化し総合するものとしての「一般理論」general theoryを表すのにも用いられる。

 古代におけるプラトン、アリストテレス以来、政治に関する考察には、政治的現実に対する観察と政治的価値や目的についての省察が含まれ、さらに政治の世界でいかに行為すべきかという倫理的探究も含まれているので、政治学史は、そうした政治に関する思想や学説の歴史を特定の方法または視点に基づいてたどるものであり、政治思想史とだいたい同じ意味に理解して差し支えない。

[飯坂良明]

政治学史の方法

古代から今日に至るまでの政治に関する哲学、思想、学説、理論などを歴史的に研究する場合に、いくつかの異なる研究方法がみられる。そのうちもっとも一般的にみられるのは、古代からの代表的な政治哲学者あるいは政治思想家とよばれる人たちの個人個人の思想ないし学説を研究することであり、その際、研究の対象を1人の政治思想家あるいは政治学者に限ることもあれば、同時代の、あるいは年代を異にする2人以上の人たちの比較研究の形をとることもある。さらに、年代を追って各時代の人たちの政治思想あるいは政治哲学を取り上げ、それらの間にみられる歴史的発展、あるいは時代的関連性と相違性、たとえば、ある思想家が後のどの思想家にいかなる影響を及ぼしたか、そして後の思想家によってその時代の政治的問題や状況との関連においてそれがどのように展開され、あるいは発展させられたかといった考察がなされる。ともあれ、政治学史あるいは政治思想史と名づけられる著作には、こうした人物中心の年代順の取り上げ方が多い。こうした研究の仕方を採用するにしても、対象をより限定して、たとえば古代政治哲学とか、中世政治思想というように、時代を限って考察する場合もある。さらに、これに地域的限定が加わって、たとえば古代ギリシア政治思想史とか、近代イギリス政治思想史といった考察の仕方もみられる。

 こうした人物中心の政治思想ないし政治哲学の研究の流れのなかで、通常よく取り上げられる人たちには、たとえば古代ギリシアではプラトンやアリストテレスがあげられるが、前者が正義や理想の国家の考察に重点を置いたのに対して、後者は、より実証的な国家体制の比較研究を行い、「政治学」の概念を打ち出したとされる。古代ローマではポリビオスやキケロ、そしてストア学派の人々が取り上げられる。ポリビオスは混合政体論で知られ、キケロはプラトンやアリストテレスの思想をローマに紹介して、権力や法の問題および有徳的人間の教育と形成の問題に力を注いだ。ストア学派はアテネに発祥したが、ローマではエピクテトスマルクス・アウレリウスがその代表としてあげられる。彼らによって自然法の問題や人間と宇宙を貫く理性を基礎とした世界市民的政治論が展開された。ローマのキリスト教化以後に現れた神学的思想家として国家の問題を論じた者に古代キリスト教の教父アウグスティヌスがある。彼は西欧における「国家と教会」の問題の先鞭(せんべん)をつけた。アウグスティヌスとアリストテレスとを総合した中世最大の思想家として、国家に教会から独立した固有の価値を認めたのは、トマス・アクィナスである。抵抗権理論を基礎づけたのも彼であった。中世の政治思想家としてさらにあげられるのは、皇帝と教皇の権威を相互に独立したものとして理論化した詩人ダンテ、および、この世の幸福と平和を国家の目的として規定し、国家権力の所在を人民にあるとしたパドバの人、マルシリウスなどである。

 近世最初の重要な政治思想家としてまずあげられるのは『君主論』で知られたマキャベッリである。彼において、政治は世俗的権力闘争として、それ自身の論理において追究されるべきだという権力政治的現実主義が打ち出された。マキャベッリは、いわゆるマキャベリズムの名で知られているが、彼の政治思想は、『君主論』だけでなく『ローマ史論』などを総合すると、彼自身がけっして単純な「マキャベリスト」でなかったことがわかる。マキャベッリに続いて近世の政治思想家として名高いのは『主権論』で知られたフランスのボーダンである。彼において、主権国家としての近代国家が理論的に確立されたといえよう。イギリスにおいては、ホッブズとロックの名をあげなければならない。ホッブズは、ボーダンと並んで近世の絶対君主制に理論的支柱を提供したとされるが、ロックは、モンテスキューとともに、市民革命と近代民主主義の政治的現実を正当化する理論的役割を果たしたとされる。両者はともに立憲主義的法治国家および権力分立の思想の祖述者として記憶されている。さらに『社会契約論』その他で知られるルソーは、きわめて先鋭な人民主権論を「一般意思」の思想において打ち出した。これに対してイギリスのバークは、フランス革命の成り行きなどに触発されて反対に保守主義の理論的闘士となった。トクビルは平等を民主主義の礎石として論じた。

 他方、近代化の後れたドイツでは啓蒙(けいもう)主義の政治思想家としてカントやヘーゲルが現れた。カントにおいて人間の自由と理性の自律性は決定的な表現を与えられ、永久平和の探究がいち早く行われた。ヘーゲルにおいて国家は「人倫の現実体」として「客観的精神」の至高の体現者となる。

 ヘーゲルに依拠しつつやがてこれを乗り越えるものとして、徹底的にブルジョア国家の虚偽性をあばこうとしたのがマルクスエンゲルスであった。彼らによって共産主義の政治論・国家論の基礎が据えられた。

 イギリスでは、ホッブズやロックに代表された社会契約論はヒュームによって崩され、やがてベンサムやミル父子に代表される功利主義の政治思想に発展する。さらに大陸のカントやヘーゲルの思想がイギリスに影響して理想主義的国家論が、グリーンやボーズンキットによって説かれる。そしてこれに対抗するかのように多元的国家論の立場や流れに属する国家の見方が、ラスキやバーカーにおいてみられる。

 ドイツにおける19世紀から20世紀にかけてのもっとも偉大な思想家であり学者として、政治、経済、社会、文化のあらゆる方面にわたって偉大な業績を残したのはウェーバーであった。そしてナチズムと結び付けられるものにC・シュミットの政治思想がある。

 現代の政治哲学者ないし政治思想家としてしばしば注目される者を何人か列挙すると、H・アレント、H・マルクーゼ、L・シュトラウス、C・B・マクファーソン、J・P・サルトル、M・オークショット、K・ポッパー、J・ロールズなどである。

 以上のような思想家たちは、政治学史の著作に比較的多く登場する人物であって、例示的に名をあげたにすぎず、もちろん網羅的ではない。このほかにも研究者によっていろいろな人が取り上げられることはいうまでもない。

 ところで、政治学史ないし政治思想史が人物中心に考察を進めるという研究方法をとるのと並んで、他方では、政治的理念や政治的観念、あるいは政治的イデオロギーを中心に考察するという研究方法がある。こうした考察の仕方をとくに「政治理念史」とよぶことがある。古代より今日に至るまで、こうした理念中心の政治学史のなかで取り上げられたものとしては、国家、自由、平等、正義、秩序、権威、権力、支配、革命、正統性、主権、戦争、平和等々をはじめとして種々なものがある。この研究方法の利点は、自由なら自由という理念が歴史とともにどのように変化または発展してきたかを、問題を限定して考察し、あるいは異なった時代の間の比較研究ができるという点である。

 政治理念を中心とした研究に似通ったものとして、政治的イデオロギーの歴史的研究や異なるイデオロギー間の比較研究がある。そうした研究方法においてしばしば取り上げられるものとしては、たとえば、保守主義、自由主義、ナショナリズム、社会主義、共産主義、ファシズム、帝国主義、無政府主義、民主主義、全体主義等々がある。アリストテレス以来の、君主制、貴族制、民主制といった政体の比較研究もまたこの研究の流れに属するといえよう。

 あるいはまた、ある一定の時代をくぎって、その時代全体に共通する「時代精神」の特質を把握しようとする思想史的試みがある。そしてこの時代精神、さらにはその時代精神を生み出した時代史的背景との関連において、その時代の特定思想家の思想を解明するという研究の仕方もある。

 ところで、理念史的考察をする場合には、時代を通じて理念が理念や思想のレベルにおいて自己展開ないし自己発展していくかのようにみがちとなる。確かに理念や思想にはそうした論理的内在的自己発展の契機がある。たとえば、自由や正義の内容が時代とともにより精緻(せいち)化され、より深められていく場合がある。けれども理念や思想は、前の時代のそれらに影響され、それらを継承発展させていく面があるとともに、他方でその時代の社会的経済的基盤によって制約され、あるいは拘束され、そうした現実を反映する場合もある。とりわけ政治思想はそうした現実の影響を受けやすい。なぜなら、政治思想には、集団的階級的利害がなんらかの程度で混入してこざるをえないからである。したがって特定の政治思想の理解にあたっては、その思想の基盤をなす社会経済的現実や、その思想を信奉し支持する集団や階級の現実に注目する必要がある。こうした社会経済的土台と思想的上部構造との関係を理解させるものとしてはマルクス主義における「イデオロギー論」があり、また特定の思想とそれを支える社会的集団的諸関係との関連性を解明する「知識社会学」があるが、これらのものも、思想を研究し理解するための手段を提供する。

 さらにまた最近では、政治思想、とくに政治的信念体系がいかなる構造をもっているか、それがどのように形成され、また変化していくか、そしてそれが個人のパーソナリティーとの関係でいかなる社会的心理的機能を果たすかなどについて社会心理学的精神分析学的方法による解明がなされるようになった。これも思想を研究し理解するための一つの手掛りとなるであろう。

 さらにまた政治思想の解明に利用される新たな方法がある。これは論理実証主義とよばれる哲学上の立場で、これを従来からの政治思想の分析に用い、思想のなかから形而上(けいじじょう)学的要素を排除して、これを科学になるべく近づけようと努力する。しかしこうした方法の政治哲学ないし政治思想への適用は2、3の研究者によって試みられているが、いまだ試論的域を出ない。

 このほかにも政治思想や政治哲学の解明に文化人類学的観点や民俗学的視点が利用された場合もあるが、これらは、政治学史ないし政治思想史の研究に、限られた範囲での側光を与えるにすぎない。

[飯坂良明]

政治学史の意義

それぞれの時代における政治思想は、その時代史的状況のなかで、政治とは何かという根本的本質的問いかけをするとともに、複雑にして多面的な政治的現実をどのように正確に分析し説明するか、そして政治の本質と政治の現実の認識を踏まえていかなる政治的行動をすべきかという、哲学的、科学的、実践的(倫理的)認識を表明するものであった。しかもそうした認識がとりわけ必要とされるのは、社会の危機的状況においてである。したがって政治思想、政治学説は、危機に触発されて発展するものであるとともに、危機に挑戦し、これに対処しようとする解決への模索であり、努力でもある。政治思想ないし学説は、つねに対決すべき相手をもち、その相手との緊張関係のなかで論争的性格を帯びざるをえない。たとえば「自由」や「正義」が問題にされるのは、現実が抑圧的で不正であるからであって、これに対する抗議や批判という形で政治思想ないし学説は形成される。あるいはまた、前の時代の「自由」や「正義」の理解がもはや現在の状況下では現実と合致せず、かえって桎梏(しっこく)や束縛となるゆえに、これを批判し論破しなければならない。そしてそれを通してのみ現在における解放は達成されるのである。したがって政治思想ないし学説の歴史的発展は、つねに矛盾と、矛盾の弁証法的止揚の過程としてとらえられなければならない。

 政治思想ないし学説は、以上の意味において、きわめて理論的であるとともに、また優れて実践的である。したがってまた政治思想史ないし政治学史への関心は、理論と実践との緊張のなかで呼び覚まされなければならない。さもないと、政治学史の研究は単なる知的関心事にとどまって、人類の運命を左右するものとして思想に賭(か)けた先人たちの生き方に対する感動は生まれない。こうした観点からすれば、政治学史は、人類の遺産とわれわれとの出会いの機会を与えてくれるものということができるであろう。

[飯坂良明]

『有賀弘他著『政治思想史の基礎知識』(1977・有斐閣)』『K・J・フリードリヒ著、安世舟他訳『政治学入門』(1977・学陽書房)』『セイバイン著、丸山真男訳『西洋政治思想史』(1953・岩波書店)』『原田鋼著『西洋政治思想史』(1968・有斐閣)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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