翻訳|personality
人格と訳されるが、英語のまま使われることが多い。
このことばはラテン語のペルソナpersonaに起源している。ペルソナは、もともとギリシア劇で用いられ、ローマにも伝えられた仮面maskをさし、「それを通して響く」という意を含んでいる。その後、これから転じて、見せかけの表情、演技者の役割、演技者自身の内面的な心的特性、あるいは威厳とか重みをも意味するようになったといわれる。パーソナリティーは、このように外側からの期待に対してこたえる役割演技の束であると同時に、その人独自の人柄を表す全体的な統一体である。日本語でパーソナリティーにあたる「人格」は、その人独自の人柄または徳性を備えた「品格」を意味するが、人間をパーソナリティーという概念でとらえる場合には、気質と素質の生来的基礎のうえに獲得された特徴的傾向を表す「性格」をさしている。
パーソナリティーとは何か、という問いに答えることはたいへんむずかしい。というのは、パーソナリティーをとらえる場合の観点や理論的立場によって、パーソナリティーの概念は多種多様であり、一概にいうことができないからである。ちなみにC・S・ホールとG・リンゼイは、その著書『パーソナリティの理論』(1957)において、18個のパーソナリティー理論を検討し、それらに含まれている諸要因、たとえば自己概念、初期の発達経験、学習過程の重視、状況の重視、または遺伝的要因などを取り出し、それらが、ある研究者によっては重視されているが、他の研究者においてはそうではない、という違いのあることを示した。そこで、このような相違点を念頭に置いたうえで、次にいくつかのパーソナリティー理論をあげておく。
[柴野昌山]
(1)生理=心理的パーソナリティー論 これは、パーソナリティーの生理学的基礎を重視すると同時に、自己(セルフ)機能をもかなり重視する考え方であり、G・W・オールポートはその代表的な心理学者である。彼は、パーソナリティーを定義して、その環境に対して、その人独自の適応を決定するような心理=生理的体系の個体内における力動的組織体である、と述べている。彼は、この定義を引き出すためにパーソナリティーに関する49個の多義的な見解を検討し、それらを彼独自の観点から集約した。この定義には、パーソナリティーの層的特徴、統合的・適応的特質、個性的・目標追求的特性などがすべて網羅されており、包括的なパーソナリティー概念であるということができる。(2)社会心理学的パーソナリティー論 社会と文化のなかにおける個人に焦点を置いて、個人がその環境との相互作用を繰り返すうちに反省的な自己(セルフ)が形成される点を強調する。K・ヤングは、C・H・クーリー、G・H・ミード、W・I・トマスらの業績を踏まえながら、パーソナリティーとは、他人または自分自身と交渉するために、個人が役割と地位のなかでつくりあげた多かれ少なかれ組織化された観念、態度、価値、反応、および習慣の総体であると述べている。(3)力学的パーソナリティー論 人間の行動を理解するためには、個々人のそのときどきの状況と、その心理学的場の構造との間の直接的関係を問題にしなければならない、というのが、K・レビンの「場の理論」である。この心理学的場は生活空間(L)ともいわれるが、生活空間のなかで生起する行動(B)は、人(P)と環境(E)との相互作用の産物という意味で、B=f(L)=f(P・E)と表される。人間のパーソナリティーは、外側の知覚運動領域と内部領域に分節化しながら心理学的環境と相互作用するのである。(4)精神分析的パーソナリティー論 S・フロイトは、人間の心的装置を層として構造的にとらえ、パーソナリティーは、生得的・衝動的なエス(イド)、社会規範を内面化した超自我、および外界の現実にあわせてパーソナリティーを統合的に機能させる自我(エゴ)という三つの層からつくられているという。そして自我の防衛機制として、抑圧、投射、昇華、反動形成など無意識に働くメカニズムを重視した。
このほかにも、パーソナリティーをいくつかの基本的特性によって組織化されたものとみなす因子論的特性理論、パーソナリティーを対象についての認知や環境に対する意味づけを行う解釈主体であるとみる認知論的人格論、または現象的自己こそがパーソナリティーの中核部分であるとする現象学的人格論などがあるが、パーソナリティーの理論は、その視点の違いによってさまざまであり、R・S・ラザラスなどは、パーソナリティーというのは人間の性質に関する理論的構成概念であると述べている。
[柴野昌山]
パーソナリティーは、生得的なものというよりも後天的に形成されるものである。人間は動物的な個体として生まれ、パーソナリティーをもった個人へと成長していく。個体としての人間は生物学的な存在であり、食欲、睡眠、呼吸などの基本的欲求と、それを満たす行動を引き起こすエネルギーを備えているが、それだけでは十分な社会生活を送ることはできない。われわれの社会生活には、行動の基準になる道徳や慣習があって、それに順応して生活しなければ人々の叱責(しっせき)や非難を受けることを覚悟しなければならない。またそのなかで、人々は、互いに他人に対して役割期待(ふさわしい役割行動を行うよう期待すること)を課し、期待された側の人は、その期待にこたえるよう期待順応的行動をしようと努力する。
このようにして社会生活は円滑に進められるのであるが、そのためには、社会生活を送る単位であるところの人々それぞれが、社会的習慣、道徳、風習を身につけ、その社会の行動様式を「当然のもの」として受け入れ、自然にふるまうことが必要である。つまり、人間が円滑な社会生活を送るためには、文化的要求にこたえ、社会的存在になることが必要である。
[柴野昌山]
パーソナリティーのあり方を決めるものには、生まれつきの素質、欲求、行動などの生理学的要因と諸個人を取り巻く社会=文化的環境要因の二つがあるが、前者よりも後者のほうがパーソナリティー形成にとっては重要である。「文化とパーソナリティー」研究に力を注いだ文化人類学者たちは、「文化的条件づけ」という考え方を強調し、人間が内的要因よりも社会=文化的影響によって規定されるものであるとし、とくに幼児期における文化的条件づけを重視した。たとえば、ベネディクトは『菊と刀』(1946)において、日本人のパーソナリティー形成を考察し、日本人は、他人に笑われないよう、恥をかかないようにという他律的基準(恥の文化)によってしつけられる反面、幼年期における大幅な欲望満足、甘え行動を許容されるという矛盾した条件づけのもとに置かれていると述べた。
[柴野昌山]
パーソナリティーは、普通、個人のもつパーソナリティーをさしていわれるが、社会的存在の様式を共通にする人々の間には、共通のパーソナリティーの型が形成されるものである。同一の社会的・文化的条件のもとに置かれた人間は、ある程度共通したパーソナリティー傾向を形成する。このようなある集団ないし社会において人々が共通に分与している性格を社会的性格(ソーシャル・キャラクター)または最頻的人格(モーダル・パーソナリティー)とよぶのである。国民性または民族的性格というのも、一つの国民または民族が共通にもっている、その社会の文化に見合った最頻的パーソナリティーである。
[柴野昌山]
『G・W・オールポート著、詫摩武俊他訳『パーソナリティ』(1982・新曜社)』▽『佐治守夫・飯長喜一郎著『パーソナリティ論』(1991・放送大学教育振興会)』▽『R・ベネディクト著、長谷川松治訳『定訳 菊と刀』(社会思想社・現代教養文庫)』
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