斯波園女(読み)シバソノメ

デジタル大辞泉 「斯波園女」の意味・読み・例文・類語

しば‐そのめ【斯波園女】

[1664~1726]江戸中期の女流俳人伊勢の人。医師の夫、斯波一有とともに芭蕉門下。夫の没後、江戸に出て榎本其角えのもときかくらと交際。著「菊の塵」「鶴の杖」など。

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精選版 日本国語大辞典 「斯波園女」の意味・読み・例文・類語

しば‐そのめ【斯波園女】

  1. ( 江戸中期の俳人 ) ⇒そのめ(園女)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斯波園女」の解説

斯波園女 しば-そのじょ

1664-1726 江戸時代前期-中期の俳人。
寛文4年生まれ。伊勢(いせ)(三重県)山田の人。同地の眼科医で俳人の斯波渭川(いせん)と結婚後,松尾芭蕉(ばしょう)に入門。元禄(げんろく)5年(1692)大坂にうつり,雑俳点者となる。夫の死後,江戸深川にうつり,医業をつぐかたわら点業をつづけた。享保(きょうほう)11年4月20日死去。63歳。本姓は秦(はた),または度会(わたらい)。名は園。号は「そのめ」ともよむ。編著に「菊の塵」「鶴の杖」。
格言など】お(負)ほた子に髪なぶらるゝ暑サかな(「陸奥鵆(むつちどり)」)

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朝日日本歴史人物事典 「斯波園女」の解説

斯波園女

没年:享保11.4.20(1726.5.21)
生年:寛文4(1664)
江戸前期の俳人で蕉門の女性俳人として著名。伊勢の人,のち大坂に住む。夫の一有も俳人として知られた。元禄7(1694)年園女宅を訪れた芭蕉は,その人柄を称えて「白菊の目にたててみる塵もなし」という句を贈ったが,雑俳の流行とともに雑俳点者として活躍した。夫の死後江戸へ出て眼科医をしながら俳諧を続けたが,世事に疎く,着物の袖下の紅絹を切って下駄鼻緒にするような人物であったと,彼女の60歳の賀集『鶴の杖』に記されている。<参考文献>田村富美子「斯波園女」(明治書院『俳句講座』3巻)

(田中善信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「斯波園女」の意味・わかりやすい解説

斯波園女
しばそのめ

園女

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