園女(読み)ソノメ

世界大百科事典 第2版の解説

そのめ【園女】

1664‐1726(寛文4‐享保11)
江戸前・中期の俳人。姓は秦(はた)。伊勢山田の人。神官秦師貞の娘で,斯波(しば)一有(後に渭川(いせん))に嫁した。のち剃髪して智鏡。1688年(元禄1)2月,伊勢来遊の芭蕉に入門。一有とともに大坂移住。雑俳点者としても活躍。一有没後,1705年(宝永2)冬に其角を頼って江戸に下り,眼科医を業とし,江戸俳人と交わった。奇行にとみ,逸話が多い。編著に《菊の塵》,60歳の賀集《鶴の杖》。〈鼻紙の間にしほるゝすみれかな〉(《住吉物語》)。

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大辞林 第三版の解説

そのじょ【園女】

1664~1726) 〔「そのめ」とも〕 江戸前期の俳人。伊勢の人。医師であり俳人である斯波一有の妻。蕉門に入り、のち其角をたよって江戸に出る。著「菊の塵」「鶴の杖」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

園女
そのめ
(1664―1726)

江戸前期の俳人。斯波(しば)氏。別号に智鏡(ちきょう)。伊勢(いせ)山田(三重県)の神官の娘。同地の俳人医師斯波一有に嫁した。夫の影響で俳諧(はいかい)を覚え、1688年(元禄1)芭蕉(ばしょう)に入門、1692年夫とともに大坂へ移住。1694年には芭蕉を招き、「白菊の目に立てて見る塵(ちり)もなし」という翁の発句(ほっく)による九吟歌仙を興行した。大坂では西鶴(さいかく)などとも交わり、医業のかたわら俳諧および雑俳の点者(てんじゃ)をしていたが、1703年(元禄16)夫に死別、のち江戸に出て眼科医を開業しながら、其角(きかく)ら江戸座の連中と交流していた。しかし、晩年は和歌に専心していたらしい。著書に『菊の塵』(1706?)、『鶴(つる)の杖(つえ)』(1723)など。
 竹のこに小坂の土の崩れけり[堀 信夫]

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