日本オペレッタ協会(読み)にほんおぺれったきょうかい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本オペレッタ協会
にほんおぺれったきょうかい

オペレッタの創造と普及を目的に組織された財団法人。歌、芝居、踊りが三位(さんみ)一体となったクラシックの歌役者を育てる創造部門と、オペレッタを支える観客組織である鑑賞部門を両輪にオペレッタの普及にあたる。また、オペレッタを共通語として、日本文化の顔をもつオペレッタを創造、発信することにより、国際的な文化交流を図っている。
 歌舞伎の演出家である寺崎裕則(1933― )は、オペレッタの本来あるべき姿を正しく日本に伝えるべく、1977年(昭和52)1月、前身の「オペレッタ友の会」を創立。寺崎は伝統芸術である歌舞伎をいかに同時代の演劇にするかを目ざしていたが、1972年、歌舞伎と同時代に誕生した西欧の伝統芸術であるオペラやオペレッタを現代によみがえらせていた旧東ドイツの演出家ワルター・フェルゼンシュタインの演出助手となる。そこで「音楽で人間の本当の姿を描くドラマ=人間の音楽劇(ムジークテアター)」の創造方法を会得、異文化たるオペラやオペレッタを日本の土に根づかせることができると確信し、戦後失われた日本の大人のための知的大衆娯楽として、オペレッタの創造と普及運動を開始した。
 1981年4月にはカールマンの『伯爵家令嬢マリツァ』を日本初演し、同年「オペレッタ友の会」を発展解消して「日本オペレッタ協会」を創立。91年(平成3)9月には財団法人となる。この間、1986年1月には西麻布にオペレッタホールが完成。97年(平成9)の創立20周年までの間に、ツェラー『小鳥売り』、オッフェンバック『巴里(パリ)の生活』、レハール『ルクセンブルク伯爵』『微笑(ほほえ)みの国』、ベナツキー『白馬亭にて』、シュトルツ『春のパレード』、リンケ『フラウ・ルナ(月光美人)』など日本語による20作品の日本初演を果たした。98年には日本のオペレッタ史上初の海外公演『微笑みの国』をハンガリー国立ブダペスト・オペレッタ劇場で上演、レハールの母国ハンガリーで絶賛された。それはヨーロッパの伝統芸能であるオペレッタに歌舞伎のエッセンスを加味し、東西の音楽劇を融合したオペレッタに仕上げた結果であった。[財団法人日本オペレッタ協会]
『寺崎裕則著『夢をつむぐオペレッタ――その魅力と魔力を日本の土に』(1997・音楽之友社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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