朝日日本歴史人物事典 「日玉尼」の解説
日玉尼
生年:元和8(1622)
江戸前期の日蓮宗の尼。摂津大坂(大阪府)生まれ。寛永13(1636)年,恵藤家に嫁ぐ。明暦3(1657)年,36歳のとき夫との死別を機に,長男は出家して山城(京都)槙尾西明寺に入り善俊と称し,次男は山城深草の瑞光寺の元政のもとで出家,日玉尼も仏教に帰依して元政について受戒する。寛文7(1667)年,元政の母日脱尼が死去したとき,その住居の深草養寿庵を尼寺に改めて入寺する。その後は題目を唱えることを日課とした。一族の老女が慕い集まり,養寿庵が尼の叢林となったため清規一策を定めるに至った。妙月と称し,院号殊芳院。<参考文献>日潮『本化別頭仏祖統紀』
(岡村喜史)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報