映画保存(読み)えいがほぞん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「映画保存」の意味・わかりやすい解説

映画保存
えいがほぞん

映画は本と同様に公的な図書館のようなところで、あるいは映画製作会社の倉庫で安全に保管されていると考えられがちであるが、実際には歴史上、国を問わず多くの映画遺産が、破棄散逸滅失憂き目にあい、また、残されたものも不完全であることが少なくない。たとえば、無声映画、とりわけその初期作品に関しては、国によって差があるとはいえ、世界中で、その大半が永遠に失われてしまっているのが現実である。

 映画が歴史資料として保存されるべきだとの主張は、映画が誕生して3年にも満たない1898年、パリ在住のポーランド人ボレスワフ・マトゥシェフスキによって行われたが、これが欧米先進諸国で公的なフィルムアーカイブ(映画の保存所、資料館)の設立として具体化するまでにはなお1930年代まで待たねばならなかった。そうしたフィルム・アーカイブの保存対象は、歴史上現れたさまざまなジャンルやフォーマットによるフィルムはもちろんのこと、映画図書・雑誌、脚本・ストーリーボード、ポスター、スチル写真、プレス資料、美術・衣装デザイン、楽譜、私信・契約書といったペーパーマテリアルから、映画製作・映写の機材、衣装・各種小物、ミニチュア、賞牌(しょうはい)等の立体物、さらには映画誕生以前に使われたプリシネマ・アーティファクツ(たとえばゾーエトロープのような映像玩具(がんぐ))にまで及ぶ。

 ニューヨーク近代美術館映画部、シネマテーク・フランセーズ、イギリス映画協会ナショナル・アーカイブ(いずれも2012年時点の名称)といった先駆的なアーカイブ/シネマテーク間の国を越えた交流や情報交換を目的として、1938年に設立されたFIAF(国際フィルム・アーカイブ連盟)には、2012年の時点で、約80の国・地域から150を超える公的な映画資料館が加盟し、それぞれの自国映画遺産に責任をもって保管しようと努力しており、これはかつての状況と比較すれば大きな進歩といいうるが、それでもこうした活動への認知は世界中でいまだ低く、予算や人員の不足に悩むアーカイブが大多数という現状である。

 映画保存には、低温低湿の保存庫によるフィルムの管理と定期的な検査、適正な目録化・情報化、技術史を含む広範な映画史の詳細研究、復元に関する伝統的な技術と最新のそれとの融合、国際的な共同事業を可能にするネットワーク体制の確立などが必須(ひっす)であるが、そのためには、(1)国家レベルの充分な予算・人員措置、(2)優秀なアーキビストの養成、(3)自国映画文化遺産の重要性の啓蒙(けいもう)等が、十分に行われなければならない。また、著名な劇映画や芸術性の高い作品に限定しない網羅的な収集が求められ、そのためには映画に法定納本制度を適用すべきとの指摘もあり、実際、かなりの国で実現されるに至っているが、日本ではこうした法整備が映画に対してなされてこなかった。

 なお、映画保存を示す英語の一つ、フィルム・プリザベーションfilm preservationは、狭義では、映画保存史上、もっとも困難な仕事の一つである、「ニトロセルロース・ベース・フィルム(可燃性フィルム)の映像情報をトリアセテート・ベース・フィルム等の安全な媒体上に転写複製すること」として用いられてきた。

 1990年代なかばに、映画フィルムコンテンツデジタル化して修復する技術が実用化され、それまでの写真化学的限界を超えた修復が可能になり、現在では広く用いられるようになっている。これは技術としては大きな進歩であるが、一方で、映画保存やフィルム・アーカイブには次にあげるような問題を投げかけている。(1)十全なデジタル復元には多額の資金を要し、すべての映画に適用することは困難で、一部の作品だけが修復され、他の大多数は放置され、また、国やアーカイブ間の映画保存の成果に格差を生んでいる、(2)デジタル技術の長所とその万能性の幻想が、問題や短所(たとえば10年以上の長期保管、読み取りエラーやロスのないデータ複製・移行の困難さ、またその費用対効果の低さ)を潜在化させている、(3)現像所を含む映画フィルムに関するさまざまな物的・人的インフラの衰退を招き、それに伴って高度なフィルム関連技術や職人技が失われていく。

 テレビモニターが映像視聴の主流になって久しいなか、多くの国で映画館の大多数がフィルムを用いないデジタル・シネマに変わりつつあり、映画製作もフィルムを用いない、いわゆる“ボーンデジタル”(生まれながらのデジタル)が急速に増加し、大手フィルム会社の一つ、富士フイルムが、一部の保存専用ストックを除いて映画フィルムの製造から撤退することを発表した、というのが2012年の現状である。当然、映画保存とフィルム・アーカイブは、大きな変化を求められており、また、ボーンデジタル映画の保存法についてもその研究と確立が急務ではあるが、一方で、これまで使われてきた映画フィルムが、今後も映像コンテンツの頻繁なデータ複製・移行を必要としない高解像度の長期記録保存媒体であることに変わりはない、という事実も忘れてはならない(ISO国際標準化機構の発表によれば、フィルムの期待寿命は、その銀画像で500年、色素で100年、ポリエスターの支持体で500年とされる)。フィルムをフィルムのまま低温低湿の保管庫で維持することが、もっとも確実で安価な映画保存の方法であり、それが時に応じて必要になるコンテンツのデジタル化のための原版ともなるからである。

[岡島尚志]

『岡島尚志著「映像文化財の長期保存――問題点の整理とフィルム・アーカイブの役割」(長尾真・遠藤薫・吉見俊哉編『書物と映像の未来――グーグル化する世界の知の課題とは』所収・2010・岩波書店)』『Houston, PenelopeKeepers of the Frame(1994, British Film Institute, London)』『Read, Paul and Meyer, Mark-Paul (ed.)Restoration of Motion Picture Film(2000, Butterworth-Heinemann, Oxford)』『National Film Preservation Foundation (ed.)The Film Preservation Guide - The Basics for Archives, Libraries, and Museums(2004, San Francisco)』『The Science and Technology Council of the Academy of Motion Picture Arts and Sciences (ed.)The Digital Dilemma : Strategic Issues in Archiving and Accessing Digital Motion Picture Materials(2007, Los Angeles)』

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