春山源七(読み)はるやま げんしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「春山源七」の解説

春山源七(2代) はるやま-げんしち

?-1741 江戸時代中期の歌舞伎役者。
初代の養子。享保(きょうほう)6年春山猶太郎を名のり,若衆方として大坂の嵐三右衛門座へ出演。のち立役(たちやく)となり,2代を襲名し地方で修業。17年京都万太夫座の顔見世以後京坂で活躍し,俏方(やつしがた)として評判となった。元文6年2月18日死去。本姓は小野川。俳名は楚瀾。

春山源七(初代) はるやま-げんしち

?-? 江戸時代中期の歌舞伎役者。
はじめ若衆方で松井左近を名のり,宝永2年(1705)大坂で立役(たちやく)となる。正徳(しょうとく)3年江戸の森田座に出演し,享保(きょうほう)5年に京都の万太夫座の舞台をつとめたが,その後の活動は不明。前名は春山源三郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む