日本歴史地名大系 「智識寺跡」の解説
智識寺跡
ちしきじあと
[現在地名]柏原市太平寺二丁目
知識寺とも書き、奈良時代創建の寺院。聖武天皇や孝謙(称徳)天皇の行幸礼仏で知られる。知識とは造寺造仏や写経に当たり浄財を出すことで、知識寺とはその知識結によって建立された寺院の意であろう。寺跡は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
知識寺とも書き、奈良時代創建の寺院。聖武天皇や孝謙(称徳)天皇の行幸礼仏で知られる。知識とは造寺造仏や写経に当たり浄財を出すことで、知識寺とはその知識結によって建立された寺院の意であろう。寺跡は
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