日本歴史地名大系 「智識寺」の解説
智識寺
ちしきじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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大阪府柏原(かしわら)市太平寺(たいへいじ)町にあった古寺。発掘調査によって薬師寺式の伽藍(がらん)配置が確認され、また出土物から白鳳(はくほう)期(7世紀の後半)に創建されたと推定されている。この地の豪族茨田宿禰(いばらだのすくね)を中心とする、在地の信者(知識)たちが集まって建てた民間の寺であった。本尊は盧遮那仏(るしゃなぶつ)で、聖武(しょうむ)天皇が740年(天平12)に当寺を訪れて、大仏造立を決意したという。743年に、東大寺造立を諸国の知識の寄付によって行う詔(みことのり)を発したが、これも智識寺の例に倣ったものといわれる。奈良時代、平安時代ともに寺勢は向上したが、1086年(応徳3)に伽藍が転倒してからは荒廃し、やがて太平寺(たいへいじ)と寺号を改め、その後は観音(かんのん)寺と改称していたが廃寺となった。
[水谷 類]
出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
※「智識寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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