有機溶剤依存・中毒

内科学 第10版 「有機溶剤依存・中毒」の解説

有機溶剤依存・中毒(ガス・その他の工業中毒)

(7)有機溶剤依存・中毒
 産業界における有機溶剤の使用範囲は広く中毒も多かったが,現在では法的規制により職場での発生は減少している.一方,有機溶剤の吸入は多幸感が得られることから,若い世代を中心にシンナーボンドトルエンなどの吸入による依存や中毒が発生している.主成分のトルエン,n-ヘキサン中毒が多い. 吸入により経気道で体内に入る.トルエンは代謝後,馬尿酸として尿中に排泄されるが,脂溶性のため脂質に富む中枢神経組織内に蓄積する.n-ヘキサンは代謝され2,5-ヘキサンジオンとなり,特に末梢神経のニューロフィラメントと結合し,末梢神経障害を起こす.トルエン中毒では大脳小脳,ときに脳幹の白質のびまん性の脱髄,基底核や小脳の神経細胞の萎縮脱落などを認める.n-ヘキサン中毒では,障害の強い例に神経線維の脱落と巨大軸索を認める.
 トルエンの急性中毒では幻覚,興奮,酩酊・朦朧状態,昏睡などをきたす.吸入中止により症状は回復するが,習慣性になり頻回の吸入が継続されると永続的な神経障害,特に情動障害,性格変化,認知症や小脳失調症状,錐体路徴候,視神経萎縮,視力・嗅覚障害,感音性難聴を認める.n-ヘキサンの急性中毒では,頭痛,ふらつき感,軽い精神症状をみることがある.亜急性や慢性中毒は,暴露1~3カ月,遅くとも6~9カ月後より症状が出現し,吸入中止後も進行することが多い.暴露濃度100 ppm程度で感覚優位の末梢神経障害が発生し,500 ppm以上でしだいに四肢遠位部優位の筋力低下,筋萎縮,歩行障害を伴った感覚・運動性ニューロパチーが生じる.トルエン中毒では,脳波で徐波を認める.頭部MRIでは脳萎縮およびT2強調画像で大脳白質,内包,脳幹・中小脳脚の高信号域,T1強調画像で大脳白質全体に広がる高信号域などを認める.n-ヘキサン中毒では筋電図で神経原性変化を認め,神経伝導速度はときに遅延する.
 診断はトルエンおよびn-ヘキサン中毒では各々尿中の馬尿酸,2,5-ヘキサンジオンが増加を確認する.いずれも暴露後,時間が経ったものでは検出されない.治療は対症療法が中心となる.[熊本俊秀]
■文献
Harris J, Chimelli L, et al: Nutritional deficiencies, metabolic disorder and toxins affecting the nervous system. In: Greenfield’s Neuropathology, 8th ed (Love S, Louis DN, et al eds), pp 675-731, Hodder Arnold, London, 2008.上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),医学書院,東京,2009.Prockop LD, Rowland LP: Occupational and environmental neurotoxicology. In: Merritt’s Neurology, 11th ed (Rowland LP ed), pp1173-1184, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2005.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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