大脳皮質の神経細胞が出す電気的変化を増幅器で増幅し、オシログラフや用紙に記録したものをいう。ドイツの精神科医H・ベルガーは1924年、脳手術で頭蓋(とうがい)骨欠損のある患者の大脳皮質から活動電流の導出記録に成功し、1929年に発表、心電図に倣って脳電図Elektroenzephalogram(ドイツ語)と名づけた。EEGと略称される。
脳波は、患者に侵襲を与えることなく簡単に記録できるため、脳機能障害を調べる有用な生理学的検査法となっている。すなわち、頭部外傷、脳血管障害、脳腫瘍(しゅよう)、頭蓋内感染症などに適用されているが、とくに「てんかん」の診断において威力をもっとも発揮する。
[加川瑞夫]
記録電極の位置により、頭皮上誘導法と特殊誘導法に分けられる。頭皮上誘導法は、種々の電極を用いて頭皮上から記録するが、電極の配列(モンタージュ)は通常、国際脳波学会標準電極配置法を採用している。特殊誘導法としては、側頭葉内部のてんかん焦点の検索のため、電極を経皮的に蝶(ちょう)形骨底部に刺入して脳波を導出する方法(sphenoidal lead)や鼻咽腔(いんくう)に咽頭電極を挿入する方法もある。また、てんかん焦点を決定するため、開頭手術により大脳皮質から直接脳波を記録する皮質脳波(electrocorticogram)記録法、深部電極を挿入し脳深部から記録する深部脳波(depth electrogram)記録法なども必要に応じて用いられる。
一般的な記録方法は、縦軸に電位、横軸に時間をとって標準感度(50マイクロボルトを5ミリメートル)で描記する。使用する電極は針または皿状電極で、これを頭皮上に左右対称的に19個(10‐20法(テントゥエンティほう))置き、単極誘導法、双極誘導法、あるいは平均基準電極法で記録する。単極誘導法は頭皮上に置かれた電極と耳朶(じだ)(耳たぶ)間の電位差を記録する方法で、双極誘導法は頭皮上の各電極間の電位差を記録する方法である。また、平均基準電極法は、すべての電極を結んで電位変動がもっともゼロに近い基準電極をつくり、この電極と各電極間の電位差を記録する方法である。そして、2か所の電極間の電位差を1単位(素子)とし、8~16素子脳波計に紙送り速度毎秒3センチメートル、標準感度(増幅度)50マイクロボルトを5ミリメートルで描記するのが一般的になっている。このようにして記録された脳波の波形は正弦波に近く、正常者では左右ともほぼ同じ波形(同期的)である。
[加川瑞夫]
脳波を周波数で分類すると、2分の1から3ヘルツまでがδ波(デルタは)、4~7ヘルツがθ波(シータは)、8~13ヘルツがα波(アルファは)、14ヘルツ以上がβ波(ベータは)となる。正常成人の基礎律動は、10ヘルツ前後のα波に少量の低振幅速波(β波)を混じたものである。
[加川瑞夫]
脳波は、周波数、振幅、波形の三つを検討して、正常脳波、境界脳波、異常脳波を判定する。このうち、境界脳波は、正常とはいえないが積極的に異常とも断定しがたいものをいう。
[加川瑞夫]
異常波の出現がないものをいうが、正常者が正常脳波を呈するとは限らず、正常者の5~15%に異常脳波の出現をみるといわれる。また、正常な脳波は脳組織にまったく異常のないことの証明にもならないことはよく知られている。したがって、正常脳波の判定は、異常波の程度、年齢、臨床症状などを加味して相対的、経験的に下される。
脳波は、年齢、睡眠(意識)、過呼吸、薬物および精神活動などによって著しく変化し、影響を受けやすい。
(1)年齢による変化 小児は発育に個人差があるため、脳波の個人差も著しく、正常範囲も年齢によって大きく異なる。1歳ころまでは規則的なα律動に乏しく、高振幅のδ波やθ波が中心になっている。年齢とともに律動性を増し、しだいに8ヘルツくらいの高振幅α律動成分が増加して10歳ころから成人のα律動に近づき始める。15歳ころには40~50マイクロボルト、10ヘルツのα律動が増えて成人脳波と大差がなくなる。一方、成人では4~6ヘルツ、高振幅θ波の出現をみなくなる。60歳以上の高齢者になると、α律動は8~9ヘルツと遅くなり、低振幅速波(β波)成分も増加する。
(2)睡眠による変化 脳波は睡眠の深さによって著しく変化する。入眠期(睡眠第一段階)ではα波の周期が遅くなって不規則な徐波が増す。軽眠期(睡眠第二段階)ではα波が消失し、14~20ヘルツの低振幅速波(漣波(れんぱ))や高振幅徐波(瘤波(りゅうは))の混在した状態になる。中等度の睡眠状態(睡眠第三段階)になると12~14ヘルツの紡錘波が出現し、深睡眠状態(睡眠第四段階)になると1~3ヘルツの高振幅徐波(丘波)が中心になる。そして、賦活睡眠期(ふかつすいみんき)(逆説睡眠期)を経て覚醒(かくせい)する。この覚醒期には眼球が水平方向に急速に運動する状態がみられ、この時期に寝言をいったり、夢をみていることが多い。これをREM睡眠(レムすいみん)rapid eye movement sleepともいう。
(3)開眼による変化 成人の安静覚醒時における閉眼状態の基礎律動は10ヘルツ前後のα波であるが、この状態で開眼するとα波は消失してβ波に移行する。この現象をαブロッキングα-blockingといい、暗算などの精神活動でも生じる。
以上のほか、過呼吸、閃光(せんこう)刺激、音刺激、低血糖および薬物などによっても著しく変化する。このように脳波は種々の要因で変化するため、これらの方法は異常脳波の誘発に用いられている。これを脳波の賦活という。
[加川瑞夫]
正常範囲を逸脱したものや、特殊な波形の出現をみた場合を異常脳波とする。
(1)周波数の異常 周波数は年齢によって著しく異なるが、成人の安静時閉眼状態の基礎律動は10ヘルツ前後のα波であって、徐波を恒常的にみることはない。とくにδ波の出現は異常で、これが限局性に出現すれば病的意義が大きい。
(2)振幅の異常 限局性に低振幅α波や150マイクロボルト以上の高振幅波が出現すると、異常脳波である。
(3)波形の異常 棘波(きょくは)(スパイク)は異常波の代表で、波形のとがった13ヘルツ(毎秒20~30ミリメートル)以上の速波をいう。鋭波はスパイクよりも遅い(毎秒80~200ミリメートル)持続性をもつ鋭い形の波で、本質的にはスパイクと同じものと考えられている。棘波や鋭波はいずれも「てんかん」に特異的な異常波である。棘徐波結合は棘波に続いて徐波の出現をみるもので、3ヘルツ棘徐波結合は、てんかん小発作にみられる。多棘徐波結合は連続した棘波に徐波が結合したもので、てんかん大発作やミオクロヌス(間代(かんたい)性筋けいれん)発作に認められる。高度律動異常(ヒプサルスミアhypsarrhythmia)は乳幼児点頭てんかんに出現する脳波で、高振幅徐波に鋭波や棘波がまったく不規則に出現する。
なお、これらの異常波は安静覚醒時に出現するとは限らないため、異常波の出現を促す方法として睡眠、過呼吸、閃光刺激、音刺激、薬物などによる賦活法がある。
(4)脳波活動の停止 脳波活動の限局性消失は病巣診断に有効となる。また、脳波活動の完全消失は脳死の判定に用いられる。
(5)健常では当然出現するべき瘤波、紡錘波、薬物性速波等が、表在性の病変に影響されて出現しない状態をレイジィ/アクティビティーlazy activityという。機能障害が軽度で基礎律動に明らかな変化がないときには、局所性脳病変を診断するのに有用である。
[加川瑞夫]
脳腫瘍では限局性徐波が出現しやすく、大脳半球腫瘍ほど、また悪性度の強いものほど異常波が出やすい。頭部外傷では、脳損傷が限局性の場合は有用であるが、重篤なものでは徐波化が著しくなって診断価値は乏しい。穿通(せんつう)性脳損傷では高率に外傷性てんかんを合併するので、脳波上、てんかん波の発現をみる。脳卒中などの脳血管障害では、特異的な脳波所見に乏しい。てんかんは脳波所見でもっとも有用性が高く、脳波検査は不可欠である。棘波や棘徐波結合などの異常波を高率に認める。
[加川瑞夫]
脳細胞の電気活動(電位差)は頭皮上で50マイクロボルト前後と低電位であるため、これを記録するには超高感度の低周波増幅器が必要となる。他方、感度をあげると種々の雑音が混入して良好な波形が得られなくなる。これらの問題を解決して完成したものが脳波計である。通常、8~16素子の波形を同時に描記できるようになっている。脳波計には設置型(卓上型)とポータブル型があり、専用の脳波室では設置型が使われ、病室や手術室などではポータブル型が用いられる。記録は通常、専用の記録紙にするが、オシロスコープに描出したり、テープや磁気ディスクに記憶させて脳波の解析が試みられている。
[加川瑞夫]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
脳から自発的に生じる電位変動で,脳電図electroencephalogramまたは略してEEGともいう。最初に動物の脳の電位変動を記録したのは,イギリスのリバプール医学校の生理学教授ケートンR.Catonである(1875)。ウサギの大脳皮質から電気活動を記録し,音を聞かせたり,痛み刺激を与えると変化することをみている。ヒトの脳波を最初に記録したのは,ドイツのイェーナ大学の精神科教授H.ベルガーである(1929)。初めは頭蓋骨に一部欠損がある患者について,電極を脳の表面に当てて記録したが,のちに頭皮上に電極を当てるだけで記録できるようにくふうし,ヒトの脳波について詳しく研究した。その後,第2次大戦以降の電子工学の発展とともに,脳波記録の技術面の進歩により脳波の臨床応用が広く行われるようになった。
ヒトの脳波は,ふつう頭皮上に直径10mm以下の円形銀板を接着して記録する。この際,皮膚と電極との接触をよくし,電気抵抗を減らすために,電極糊を使う。このようにして頭皮上から記録された脳波は,その電圧が非常に小さく,10~100μVの電圧を測定することになるので,約10万倍の倍率をもった増幅器と,すぐ目で見られるようにインキ書きの記録器が必要である。これを脳波計と呼んでいる。電極をとりつける位置は国際式10-20法が最も広く使用されている。脳波の振幅は波の谷から頂上までの大きさをμVで表す。周期は波の谷から谷(または山から山)までの時間を測り,秒(S)で表す。周波数による脳波の分類として,国際脳波学会用語委員会では次のように定めている。δ波は4Hz未満,θ波は4Hz以上8Hz未満,α波は8Hz以上13Hz未満,β波は13Hz以上をいう。
(1)覚醒,安静,閉眼時の脳波は周波数10Hz前後で,振幅50μV程度の波が大きくなったり小さくなったりして,後頭部からほぼ左右対称に連続して出る。この波がα波で,正常人の標準となっている。
(2)開眼,精神活動,感覚刺激によって脳波は変わる。α波が出ている状態を基準として,開眼したり,暗算をさせたり,光や音で刺激すると,α波が消えて低振幅の速波となる。これをαブロッキングという。
(3)脳波は意識水準によって変化するので,入眠からだんだん眠りが深くなるにつれて波形が変化する。したがって睡眠の深さを知るのに脳波は有効な手段である。
(4)脳波は年齢とともに変わる。新生児では波らしいものがまだみられない。小児は成人に比べて徐波が多い。この傾向は年齢が増すにしたがって減少し,4歳ころには7~8Hzの波が後頭部に現れるようになる。9歳ころには10Hz前後のα波が後頭部にみられ,15歳ころから成人の脳波にほぼ等しくなる。15歳から60歳ころまでは脳波的に成人とするが,この間でも年齢とともに徐波が減少し,速波が増す傾向がみられる。60歳以上になると,再び徐波成分が増加する。またα波の周波数が減少する。成人のα波の周波数は平均10Hzであるが,60歳を超えると9Hzが多くなり,80歳を超えると8Hzが多くなる。しかし,90歳になっても知的能力がよく保たれている場合は9~10Hzを示す。
以上のように意識水準,年齢などによって脳波は変化するが,それ以外にも麻酔剤によって脳波は変化する。たとえば,バルビタール系麻酔剤では,まず13~15Hzの紡錘波が現れ,しだいに徐波化して高振幅のδ波が現れ,最後には脳波が平坦となる。また酸素欠之,低血糖などのときに脳波は徐波化する。過呼吸によって起こる低炭酸ガス状態では,α波が減少して不規則となり,さらに高振幅の徐波が出現するようになる。
正常にみられない波形の脳波で,脳の病気の診断に応用される。たとえばてんかんの発作時に特徴のある波形が現れる。10秒前後のあいだ意識が一過性に消失する小発作では,棘波(きよくは)と徐波とが交互に約3Hzの周期で繰り返す。全身の痙攣(けいれん)とともに突然意識を失う大発作では,高振幅の棘波が連続して現れ,そのあと引き続いて徐波が脳全体に現れる。もうろう状態を起こす精神運動発作では側頭葉に棘波が現れる。発作的に片頭痛,苦悶感,心悸亢進などを訴える視床下部性てんかんでは,頭頂部,後頭部に6Hzまたは14Hzの陽性棘波がみられる。脳腫瘍,頭部外傷,脳出血などでは,局在性のδ波が覚醒時にみられる。
脳波には無数の情報が含まれていて,そのなかから必要な情報をとり出すことは非常に難しいので,電子計算機を使って脳波を二次元的に表示して判読を容易にすることが試みられている。脳波をたとえば5秒ごとに周波数分析し,特定の周波数成分の平均パワーの平方根(等価電位という)を頭皮上の16ヵ所について計算し,その電位分布(脳波地図)を作成する。なんらかの刺激に注意をはらうとか,精神作業を行っているとき,それぞれ特有な脳波地図が得られる。たとえば,随意的に眼球を右方に動かした場合,反対側の眼球運動をコントロールしている領域に限局してβ波の高振幅領域が現れる。このほか,物語を聞かせていると左半球に,音楽を聞かせていると右半球に,それぞれβ波の高振幅領域が現れる。これらの場合,β波は大脳皮質の賦活化の指標として使われている。
脳波は大脳皮質にある神経細胞の電気的活動に由来すると考えられており,大脳皮質の表面に存在する錐体細胞の樹状突起に起こるシナプス後電位が脳波の構成要素とみなされている。α波のような波が出現するときには,神経細胞が律動的に同期して電位を発生していると考えられる。個々の細胞がでたらめに電位を発生しているときには互いに相殺されて律動は生じないからである。したがって,いろいろな感覚刺激によって,脳波が低振幅速波になることは,脳波の構成要素である各神経細胞の活動が盛んになって,同期性が低下するためで,これを非同期化という。この脳波の非同期化は,感覚刺激によるインパルスが大脳皮質へ上行する途中で中脳網様体を興奮させ,その結果上行性賦活系を介して脳全体の活動水準が高まるために起こる。
脳波リズムの形成には,構成要素の神経細胞の同期化が起こる必要がある。多数の神経細胞が同一のリズムでそろって活動するためには,全体の拍子をとる指揮者のような役割を果たす部位が必要である。このような働きをするものとして,視床の非特殊核がある。視床は末梢から感覚の情報を中継して大脳皮質の感覚野に伝える特殊核と,大脳皮質全体に広く投射して,脳全体の活動を調節する非特殊核とに分けられる。この非特殊核を自発性脳波と同じリズム(10Hz)で電気刺激すると,大脳皮質の広い部位の脳波は振幅が増大して刺激のリズムに一致した徐波が現れる。初めは応答が小さいが,刺激を続けるうちに応答の振幅が増大するので,この反応を漸増反応と呼んでいる。しかし刺激を続けていると,応答の振幅が減少しはじめる。このように振幅が漸増し漸減する様子は,自発性のα波とよく似ている。非特殊核からの影響がどのようにして脳波のリズムを形成するかというと,漸増反応に一致して大脳皮質の神経細胞の興奮と抑制が交代して繰り返されるためとされている。
執筆者:鳥居 鎮夫
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…イェーナ大学精神科教授。1929年にはじめて頭皮上からヒトの脳波Elektroenzephalogrammを記録し,40年にはこの業績によりノーベル医学・生理学賞にノミネートされた。それで脳波のα波をベルガー波と呼ぶこともある。…
※「脳波」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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