コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

朝山意林庵 あさやまいりんあん

3件 の用語解説(朝山意林庵の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朝山意林庵
あさやまいりんあん

[生]天正17(1589).9.8. 京都
[没]寛文4(1664).9.21. 京都
江戸時代前期の儒者,仮名草子作者。素心とも称した。儒者として後光明院に進講した。仮名草子『清水物語 (きよみずものがたり) 』『続清水物語』を著わした。仏教を排撃した問答体の『清水物語』は当時のベストセラーで,2000部も売れたという。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

朝山意林庵 あさやま-いりんあん

1589-1664 江戸時代前期の儒者。
天正(てんしょう)17年9月8日生まれ。朝山日乗の孫。出家して京都五山の僧に教えをうける。豊前(ぶぜん)小倉藩(福岡県)藩主の細川忠利,駿河(するが)(静岡県)府中藩主の徳川忠長につかえた。この間朝鮮使節李文長に朱子学をまなぶ。承応(じょうおう)2年後光明天皇に「中庸」を講義した。寛文4年9月21日死去。76歳。京都出身。名は守愚。字(あざな)は藤丸。法名は素心。著作に「清水物語」など。
【格言など】道理なる法度は立つ物にて候う。無理なる法度は立たぬ物にて候う(「清水物語」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

朝山意林庵

没年:寛文4.9.21(1664.11.8)
生年:天正17.9.8(1589.10.17)
江戸時代前期の儒者。名は素心,意林庵は号。初め仏門に学び僧となるが,のちに儒学に転じて朱子学を奉じた。細川忠利徳川忠長に仕えたが,寛永8(1631)年の帰京後は出仕しなかった。学殖の評価は高く,処士(浪人)の身で承応2(1653)年2月2日に参内して後光明天皇に『中庸』を進講した。詩文集は伝わらず,小瀬甫庵『太閤記』の跋,『わらんべ草』の序などだけが残る。仮名草子『清水物語』(1638)は彼の作とされているが,確証はない。<参考文献>三浦周行「後光明天皇の御好学と朝山意林庵」(『史学雑誌』23巻4号)

(高橋文博)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の朝山意林庵の言及

【清水物語】より

…仮名草子。朝山意林庵(1589‐1664)作。1638年(寛永15)刊。…

※「朝山意林庵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

朝山意林庵の関連キーワード飯田東渓飯室小櫃菊池元春周哲太兵衛中村信斎深尾訒亭深尾省斎本内意慎茂呂鼇岳

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone