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木挽町狩野(読み)こびきちょうかのう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

木挽町狩野
こびきちょうかのう

奥絵師四家の一つ。寛永7 (1630) 年狩野尚信江戸幕府御用絵師拝命,竹川町に屋敷地を拝領して祖となる。栄川院典信が田沼意次の寵を受け,木挽町武家屋敷を下賜されてからこの名で呼ばれる。幕末期には最も隆盛。のちに狩野芳崖橋本雅邦が出て,近代日本画の母体となった。

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大辞林 第三版の解説

こびきちょうかのう【木挽町狩野】

江戸時代の絵師、狩野派三家の一。狩野尚信を祖とし、木挽町に屋敷があったのでいう。

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世界大百科事典内の木挽町狩野の言及

【狩野尚信】より

…探幽とともに日光東照宮本殿や聖衆来迎寺の障壁画を描く。彼が基礎を作った木挽町狩野は子の常信がさらに発展させ,この子孫が江戸狩野の中でも最も繁栄した。尚信の画風には,兄探幽の創始した江戸狩野様式の影響を深く受けながらも,一種文人的な情趣が認められる。…

【狩野派】より

…探幽は21年に幕府から鍛冶橋門外に屋敷を拝領したので,後に鍛冶橋狩野家と呼ばれた。尚信は30年に竹川町に屋敷を拝領し,子の常信のときに木挽町に移ったので木挽町狩野家と呼ばれ,宗家の安信は寛永年間(1624‐44)中橋狩野家をひらいた。ここに狩野家の中心は江戸に移り,山楽系の京狩野に対して江戸狩野と呼ばれる。…

※「木挽町狩野」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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