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奥絵師 おくえし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奥絵師
おくえし

江戸幕府の御用絵師のうち最も格式の高い役職名。表絵師に対する語。毎月定日に江戸城の御絵部屋に出勤,殿舎の装飾画など幕府の御用を果す義務があった。江戸時代を通じ狩野家が代々世襲し,探幽の家系を継ぐ鍛冶橋狩野,尚信の木挽町狩野,安信の中橋 (なかばし) 狩野,常信の次男岑信の浜町狩野を奥絵師四家と称する。

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デジタル大辞泉の解説

おく‐えし〔‐ヱシ〕【奥絵師】

江戸幕府の御用絵師のうち、最も格式の高い職位。狩野(かのう)派の鍛冶橋・木挽(こびき)町・中橋・浜町四家。世襲された。

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大辞林 第三版の解説

おくえし【奥絵師】

江戸幕府の御用絵師のうち、狩野派の中橋・鍛冶かじ橋・木挽こびき町・浜町の四家の称。

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世界大百科事典内の奥絵師の言及

【画師(絵師)】より

…これら多様化した絵師層は,近世にいたって,江戸の狩野派を主軸として再編される。徳川幕府は幕府御用の奥絵師を設け,さらにその血縁者や門人家系による表(おもて)絵師,諸大名の抱(かかえ)絵師と絵師を序列化する制度をつくった。この絵師の職制は,技量より身分や格式の尊重によって画道の支配体制を樹立することであった。…

【狩野派】より

…ここに狩野家の中心は江戸に移り,山楽系の京狩野に対して江戸狩野と呼ばれる。この中では木挽町家が江戸時代を通じて栄えたが,この3家に常信の次男の岑信(1662‐1708)が分家した浜町狩野家を加えた4家が,後に奥絵師として幕府の機構に組み込まれた。 奥絵師は若年寄の支配下にあり,知行200石を与えられる旗本格であり,世襲と帯刀が許された。…

※「奥絵師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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