本多忠直(読み)ほんだ ただなお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠直」の解説

本多忠直(2) ほんだ-ただなお

1844-1880 明治時代大名
天保(てんぽう)15年5月17日生まれ。信濃(しなの)(長野県)小諸(こもろ)藩主牧野康哉(やすとし)の子。本多忠民(ただもと)の婿養子となり,明治2年三河(愛知県)岡崎藩主本多家(定通系)6代。同年版籍を奉還して岡崎藩知事となり,藩校允文(いんぶん)館,允武館を創建した。明治13年4月29日死去。37歳。

本多忠直(1) ほんだ-ただなお

1670-1717 江戸時代中期の大名。
寛文10年生まれ。陸奥(むつ)浅川藩(福島県)藩主本多忠晴(ただはる)の長男。叔父本多忠常(ただつね)の養子となり,宝永6年大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主本多家(定通系忠義家)3代となる。享保(きょうほう)2年5月8日死去。48歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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