本誓寺跡(読み)ほんせいじあと

日本歴史地名大系 「本誓寺跡」の解説

本誓寺跡
ほんせいじあと

[現在地名]中京区清水町

河原町(かわらまち)通の東側、二条(にじよう)通北一筋目の南側に位置した。真宗高田派の別院。高田山と号し本尊は阿弥陀如来。本尊は宇治恵心院にあったもので源信僧都の持念仏と伝える(都名所図会)。

「坊目誌」によれば、天文年中(一五三二―五五)僧応真が洛中に建立した柳原坊をはじめとするが、その跡は不明。その後、火災にかかり、慶長一〇年(一六〇五)尭恵が間之町押小路南に一宇を造立(山州名跡志)、現在の高田(たかだ)町(現中京区)がその旧跡といわれる。


本誓寺跡
ほんせいじあと

中野市大字笠原

真宗、本尊阿弥陀如来。新潟県上越市高田寺町の本誓寺にある「本誓寺由緒略記」によると、

<資料は省略されています>

とあり、また本誓寺が笠原へ越した経緯については、次の本誓寺の由緒留書(本誓寺蔵)によって知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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