東野英心(読み)トウノ エイシン

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「東野英心」の解説

東野 英心
トウノ エイシン


職業
俳優

別名
旧芸名=東野 孝彦

生年月日
昭和17年 1月31日

出生地
東京市 淀橋区大久保(東京都 新宿区)

学歴
成蹊高〔昭和36年〕卒,俳優座養成所(第12期生)〔昭和39年〕卒

経歴
父はテレビ時代劇「水戸黄門」の初代黄門役で知られた東野英治郎。少年時代から父・英治郎について撮影所へ通い、昭和37年東京映画「青べか物語」で映画デビュー。以後「白と黒」「非行少女ヨーコ」「本陣殺人事件」「八甲田山」「海峡」などに出演。一方、39年俳優座に入団し、「戦国迷々伝」「ロミオとジュリエット」「リリオム」などに出演。テレビは、51年の当たり役「名もなく貧しく美しく」、ヒットシリーズ「あばれはっちゃく」の父親役のほか、NHK名古屋の「中学生日記」に“東先生”として57年から7年間レギュラー出演。のち地域に根ざした問題を簡単なスペースで演じる“宅配芝居”の一座を仕立て手作り芝居を全国で展開する一方、58年から青少年育成国民会議主催の少年の主張全国大会審査員をつとめ、教育問題をテーマに講演活動を行う。平成9年から2年間、政府の青少年問題審議会委員も務めた。他の出演作に舞台王女メディア」「帝国こころの妻」、テレビ「蔵」「さしすせそ」など。テレビ、舞台の名脇役として活躍した。8年父の視点一代記をつづった「私説父(オド)物語」を出版。12年11月東京都内で講演後の会食中に突然倒れ搬送先の病院死去

没年月日
平成12年 11月14日 (2000年)

家族
父=東野 英治郎(俳優),妻=服部 まり(元女優)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「東野英心」の解説

東野 英心
トウノ エイシン

昭和・平成期の俳優



生年
昭和17(1942)年1月31日

没年
平成12(2000)年11月14日

出生地
東京市淀橋区大久保(現・東京都新宿区)

別名
旧芸名=東野 孝彦

学歴〔年〕
成蹊高〔昭和36年〕卒,俳優座養成所(第12期生)〔昭和39年〕卒

経歴
父はテレビ時代劇「水戸黄門」の初代黄門役で知られた東野英治郎。少年時代から父・英治郎について撮影所へ通い、昭和37年東京映画「青べか物語」で映画デビュー。以後「白と黒」「非行少女ヨーコ」「本陣殺人事件」「八甲田山」「海峡」などに出演。一方、39年俳優座に入団し、「戦国迷々伝」「ロミオとジュリエット」「リリオム」などに出演。テレビは、51年の当たり役「名もなく貧しく美しく」、ヒットシリーズ「あばれはっちゃく」の父親役のほか、NHK名古屋の「中学生日記」に“東先生”として57年から7年間レギュラー出演。のち地域に根ざした問題を簡単なスペースで演じる“宅配芝居”の一座を仕立て手作り芝居を全国で展開する一方、58年から青少年育成国民会議主催の少年の主張全国大会審査員をつとめ、教育問題をテーマに講演活動を行う。平成9年から2年間、政府の青少年問題審議会委員も務めた。他の出演作に舞台「王女メディア」「帝国こころの妻」、テレビ「蔵」「さしすせそ」など。テレビ、舞台の名脇役として活躍した。8年父の視点で一代記をつづった「私説父(オド)物語」を出版。12年11月東京都内で講演後の会食中に突然倒れ搬送先の病院で死去。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android