病院(読み)ビョウイン(英語表記)hospital

翻訳|hospital

デジタル大辞泉 「病院」の意味・読み・例文・類語

びょう‐いん〔ビヤウヰン〕【病院】

患者を収容し、医師または歯科医師が診察・治療を行う施設。医療法では入院用ベッド数が20以上あるものをいい、19以下のものを診療所とする。
[類語]医院診療所療養所サナトリウムクリニックホスピス産院

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精選版 日本国語大辞典 「病院」の意味・読み・例文・類語

びょう‐いん ビャウヰン【病院】

〘名〙 医師が患者の治療をするための施設で、病室を有するもの。法律では、医師または歯科医師が公衆または特定多数の人のために医療または歯科医療を施す場所で、患者二〇人以上の収容施設をもつもの。収容施設が患者一九人以下の場合の医院・診療所などと区別される。
※紅毛雑話(1787)一「病院 同国中にガストホイスといふ府あり、明人病院と訳す」
[語誌]もとは中国明代末にヨーロッパから渡来したキリスト教宣教師による漢訳語。日本へは、蘭学者によって、近世後期に紹介され、次第に広まるようになった。

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改訂新版 世界大百科事典 「病院」の意味・わかりやすい解説

病院 (びょういん)
hospital

日本では,医療法により病院とは,〈医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業をなす場所であって,患者20人以上の収容施設を有するもの〉で,〈傷病者が,科学的で且つ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され,且つ,運営される〉施設とされている。一方,世界保健機関(WHO)の医療組織専門委員会は,病院の定義として,〈医療組織と社会組織の統合されたものであり,その機能は全住民に治療および予防の完全なヘルス・ケアを提供するもので,その外来患者サービスは,その家族のことや家庭環境にまで及ぶもので,さらに各種医療従事者や生物学的・社会学的研究者の養成訓練センターでもある〉と述べられている。このように,日本の病院は世界的な通念と異なっているが,日本の病院のうち,患者100人以上の収容施設を有し,その診療科目に内科,外科,産婦人科,眼科および耳鼻咽喉科を含み,かつ化学,細菌および病理の検査施設,病理解剖室,研究室,講義室,図書室,救急用または患者輸送用の自動車を有する場合,その所在地の知事の承認を得て,総合病院と称することができるとされている。このような相違は,病院のつくられ方の歴史の差を反映している。

ヨーロッパの病院はふつう,中世のキリスト教の影響がとくに強かった時代に,貧困階層のうち,種々の事情でとくに生活の窮迫をきたした人々を,キリスト教の博愛の精神によって,収容,救護を行う施設を起源とすると了解されている。ときに,古代エジプトや古代ギリシアなどで,神殿において宗教的秘儀によっての回復を求めて病人たちが多く集まり,〈お籠り(おこもり)incubation〉を行うこともあったが,これが,病人が多数,治療を求めて集まる施設という意味で病院の起源とされることもある。ローマ帝政時代には,拡張された領土のあちこちに,ローマ軍団の傷病者を収容する施設が設けられ,ところによってはかなり大きな規模をもつものもあった。これらはウァレトゥディナリアValetudinariaと称した。これは,たしかに大規模医療施設としての病院の起源とみなしうるものである。またローマ時代には,コンスタンティヌス1世が313年キリスト教を公認した後,富裕者や教会が積極的に多彩な博愛事業を行い,それらのうちには貧困病者を収容し救護を行ったものもある。しかし名称が多様であり,それぞれ名称の意味するところも必ずしも一致していなかったり,とくに,施設の永続性を保証するほどの財政的基盤がないことが多かったので,設立と廃絶の期間が短く,逸話的資料は残っているものの,実体は把握しにくい。中世初期から,これらの施設の多くはホスピタルhospital,あるいは施療院hospisと呼ばれるようになる。ホスピタhospitaという語幹は友人とか客という意味であるので,ホスピタルは,客用あるいは外来者用の宿泊施設を意味する。したがって,教会付属の宿泊所として,巡礼宿の意味で用いられたり,生活困窮者の収容施設という意味で用いられることが多かった。また,同一の施設で同じ名前でありながら,時代を経るにつれて,機能を変えたものも多い。

 キリスト教社会では,篤信家たちの間で,とくに病人の看護を主要な目的として組織される団体があり,ときにこの団体が施設を設けて病人を収容することもあった。たとえば,ローマ時代にはパラボラニ(命知らず)という団体は,ペストなどの伝染病の流行期にも進んで看護にあたったことから,この名前がある。3世紀には,この団体がアレクサンドリアに病院を設けて,患者を収容したこともあったという。このような組織は十字軍以降,ヨーロッパ各地に多くつくられた。とくに有名なのは,12世紀にモンペリエのグイドが設置した聖霊騎士団で,聖霊という名称の病院を各地に設けている。このような病院の患者は多くは貧困階層であったが,看護能力が評価されて,上層階層や一般市民が自分たちのために設けた病院もあった。ローマの聖霊病院には教皇庁用の特別室が設けられていた。また10世紀ころからイタリアでは,パン屋や御者などの組合が,自分たちおよび家族のために病院をつくったこともある。

 病院の起源として,いま一つ重要なのは,ペストや癩(ハンセン病),それに梅毒など,特定の伝染病の流行に対し,市民を守るため,町の外に患者を隔離するためにつくられた施設である。癩はキリスト教では特別扱いにされ,聖ラザロ騎士団というとくに救癩を専門とする組織もつくられ,教皇庁でもとくに救護のために教書を発するなどの措置をとったが,本質的には隔離の原則が貫徹された。

 17世紀ころから,病院の設立主体は国家または都市が中心になる。そして,しだいに治療機関としての機能を主とするようになるが,もっぱら治療機能に限定されるのは19世紀とみてよい。

日本の場合,救貧・救療事業がともに行われるようになったのは仏教伝来以後である。奈良・平安時代の悲田院や施薬院などはキリスト教団のホスピタルに近い。鎌倉時代に新興仏教の布教にともなって,病める貧窮者救助,看護などが熱心に取り組まれたこともある。ちなみに病院という言葉の起源ははるかに後世で,1787年(天明7)刊の森島中良(ちゆうりよう)(桂川甫粲(ほさん))編の《紅毛雑話》に〈同国(オランダ)中にガストホイスという府あり,明人病院と訳す。此府は甚だ広大に構えたり,何故なれば外国より集り来る所の使客並びに国中の病者は貴賤となく,ここに居らしむ……〉と紹介されたのが最初である。

 西欧式の病院は,16世紀キリスト教の伝道とともに西日本のいくつかの都市に設けられたが,教団本部からの医療伝道の禁止令によって廃された。したがって1861年(文久1)に江戸幕府が西洋医学伝習のため,オランダ人教師ポンペの建言によって長崎に設立した養生所(長崎養生所)が,日本における病院の始まりといえる。ただしポンペは,当時のオランダの教育病院のように,貧困階層の病人を収容して,教育に協力させることを考えたが,日本側は,西欧式の近代医療を受けられる施設であると理解して,上層階層のものが多く入院した。幕末あるいは明治初年には,多くの藩も外人教師を雇い,医学研修のために病院を設けた。廃藩置県後は,これらの多くは公立となり,さらにそれらのいくつかは変遷を重ねて,今日の国立大学医学部の付属病院になっている。

 このような病院で教育を受けた医師たちの多くは開業することになるが,その際,病床を設けて患者を収容しようとするものが現れる。これが私立病院である。こうした私立病院で初期のものとして有名なのは,長崎養生所出身の幕府医官松本良順が1870年(明治3)東京に設けた蘭疇(らんちゆう)医院,ドイツ帰りの佐藤尚中が72年同じく東京に設けた博愛社医院(後,順天堂と改称)などがある。もっとも87年ころまでは私立病院よりは公立病院のほうが多い。地方で西欧式の医療についての要求が大きく,これにこたえて地方自治体で病院を開設するところが多く,1町では設立困難な場合は,いくつかの町村が共同出資して,共立病院という名で設立された。また一般からの寄付を主体にして設置した義立病院,さらには会員組織による会社病院という名をもつ病院も設けられた。これによって1877年ころには,全国で病院のない府県はない状態にまでなった。しかし西南戦争後,政府は権力強化と財政難のために,地方からの税収を中央にできるだけ多く集めることを企図し,地方税からの公立病院への支出を禁止した。このため廃院が相次ぎ,81年には306施設もあった公立病院が,97年には半減するまでに追い込まれた。残った病院は自治体からの援助を得られないため,経営主義を前面にたてざるをえなくされ,私立病院は当然のことながら,国公立病院も開業医の診療所と競合するという日本独自の医療体制を生む基盤をつくった。とくに公的性格の強い精神病院についても,日本の場合,その大部分が私立病院であるということも,世界にあまり類比すべき国がない。第2次大戦中に,国家統制を強めるため,必要な診療所や病院を国が接収して有機的な医療体制をつくろうという構想がたてられたこともあったが,実効を生む前に敗戦で解体された。

戦後,占領軍の指令で陸海軍病院や軍事保護院がもっていた病院,療養所が厚生省に移管になり,一挙に146施設の国立病院が誕生,広く国民に開放された。もっとも,医療はとくに地域性の強いもので,国立であるよりは,地方自治体が地域の特殊性に沿った医療体制をつくるために,病院もその一環として位置づけるのがよいという理由で,1950年ころから,医療機関整備計画や議会基幹病院整備計画要綱(1951)によって,国立病院の地方移管が提言された。しかし国立病院の赤字を地方に押しつける形で実行案がつくられたため,各方面から激しい反対にあい,10病院が地方へ移管されたのみで中止になった。加えて,1949年には特別会計法によって国立病院の,そして52年には公立病院の独立採算制が敷かれ,国公立病院でも,やはり経営や採算性を基本にした運用をせざるをえなくなった。以後は,出来高払いの保険診療報酬制度に支えられて,日本の病院数,病床数は増加し,現在は人口対比では世界屈指の病院国になっている。

日本の病院は,しかしながら,公的性格をできる限り薄くし,経営主義を基調として発展してきたので,採算性のある部門では,自主的な努力で短期間で大きな成果をあげることができるが,不採算の部門には国公立病院もあまり関心をもたない。したがって,医療体制のなかでは,病院の都市集中が強く,病院相互の間,あるいは病院と診療所の間の機能分化と連携を困難にしている。

 病院が公的性格をもつ施設として発展した国では,診療所はできるだけ軽装備で,患者の相談に応じ,必要ならば,それぞれの患者の状況に対応した専門医や設備を有する病院に検査を依頼し,その後の治療も,病院でなければできない場合は入院させるが,そうでない場合は,検査結果をもって,元の診療所の医師の治療を受けることになる。したがって,地域にいわゆる医療設備と専門医が必要であるかどうかについては,その地域の医師組織も積極的に関与して検討し有機的な医療体制の改善に取り組むことができる。これに対し日本の場合,診療所でもかなり高価な検査器機を備えて,病院と競合しようとする。自分の診療能力を超える場合でも,できるだけ患者を引きとめるのが得になり,その誘惑は避けがたい。これはさらに一つの病院内でも,各診療科間の連携の不十分さとして現れる。欧米のような専門医制が発展しにくく,むしろそれへの抵抗が強いというのも同じ理由による。また,日本は世界屈指の病院保有国になったとはいえ,そのほとんどが,可能な限り重装備をもって診療にあたろうとしており,軽症であって,とくに濃度の高い医療を必要とせず,さりとて家庭に帰って日常生活を営むには困難や問題がある患者を収容する,いわゆる中間施設がほとんどないというのも特徴の一つである。看護療養を主体にするナーシング・ホーム,昼だけ入院させるデー・ホスピタル(デー・ケア病院ともいう),夜だけ入院させるナイト・ホスピタル(ナイト病院)などは,日本ではほとんどみられない。かなり厚い看護体制の必要な特別養護老人ホームは,近年かなり日本各地に設立されている。しかし,臨死期の患者を迎えて,苦痛を延ばすのみと感じられるような積極的医療を控え,人間的な慰撫を基調とするホスピスは,1967年ロンドンに始めて設けられてから,しだいに数が増え,アメリカではホスピス協会が設立されるほどになっているが,日本では1,2ヵ所にとどまり,しかも,出来高払いの日本の健康保険の診療報酬体系にはのりにくいために,普及の可能性は乏しいとみられている。

医療技術的には,病院は近代医学の実質的な象徴である。多数の病人を収容することにより,濃厚な学習体験をもつことができるために医療従事者,とくに医師教育の場として重視され,さらに研究や技術開発のためにも不可欠の場となった。ただし西欧の病院は,主として貧困階層を収容してきた歴史が,これらの教育,研究に二重の意味をもたせた。一つには,貧困階層の病人は恩恵的に社会的費用で救済されるが,この場合,一人前の人格は認められない。したがって,収容されている患者を医学教育,研究の資料対象として扱うことが比較的容易である。そこで,病人を一個の人格をもった存在として扱わないで,病気をもつヒトとして客体視することが可能になる。すなわち,近代医学の病気中心主義は,病院を基盤にして発生したといえるのである。一方,病院が貧困階層の病人の収容施設であったということは,積極的に博愛を行わねばならない対象として病人をみなければならないということでもある。つまり,病院と病人は人間性をとくに意識すべき施設であり,対象であるとして,教育的価値をもつのである。この矛盾する二面性は,技術が高度になり客観化が進行するにつれてより大きくなって,人間化への要求が強まり,そのために医療従事者の対応の成熟さが期待されるようになる。ただし日本の場合,病院が前史をもたず,西欧医学の適用の場として位置づけられたために,このような矛盾が乏しい。多くの病院では教育,研究に関しては無関心であり,大学付属病院でも長らく,教育,研究,一般患者の枠外で入院させた学用患者について行ってきた。したがって十分な学習体験をもたせることも困難であったし,逆に,患者の人間性を意識的に育てることもなされなかった。

 医療経済の上からみると,入院医療は,外来医療や診療所の医療にくらべて,多額の経費を要する。かつては病院は,社会施設であり,運営経費は限定された枠のなかで行うのを原則としていたが,技術性の向上により,さらには健康権の保障のために利用されるようになると,高度医療の施設となり,経費は急速に膨張することになる。しかも,高度医療といわれる技術は,人数としては比較的少ない重篤な,あるいは難治性の病気にむけて開発されたものであり,つまり,病院における医療は,重症の場合を想定して構成されている。これを圧倒的多数を占める軽症患者にも適用することは,さらに医療費を押し上げる条件となる。さらには,軽症患者を重症扱いにすることで,依存性を高め,治癒しがたくする傾向も避けがたい。したがって,病院中心に発展した近代医療の形態を再検討し,再編成する傾向が欧米では一般的になっている。日本の場合,平均入院日数が欧米の数倍に達しており,地域性を考慮した総合的保健計画のなかに病院を位置づけなければならない時期になっている。
医者 →医療 →診療所
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「病院」の意味・わかりやすい解説

病院
びょういん
hospital

医師または歯科医師が医療の提供を行う場所であり、患者を収容するための病床(ベッド)をもつ施設をいう。医療法では、「医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であつて、20人以上の患者を入院させるための施設を有するものをいう。病院は、傷病者が、科学的でかつ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、かつ、運営されるものでなければならない」と定義されている(同法1条の5)。病床数が19床以下の医療提供施設は診療所とよばれる。病院数は、2018年(平成30)の時点では、8372施設であり、減少傾向が続いている(厚生労働省平成30年医療施設調査)。

 病院の種類には、精神科病院、一般病院(精神科病院以外の病院。1998年までは伝染病院、2012年までは結核療養所を除く)がある。その内訳は、一般病院7314施設、精神科病院1058施設である。開設者による分類をみると、医療法人が5764施設ともっとも多く、公的医療機関が1207施設、国が324施設、個人が187施設となっている(厚生労働省平成30年医療施設調査)。医療法では、「一般病院のうち、所定の要件を満たした病院は、特定機能病院、地域医療支援病院と称することができる」とされている(同法4条)。

 特定機能病院とは、高度の医療の提供、高度の医療技術の開発と評価、高度の医療に関する研修などの役割機能をもつ病院として厚生労働大臣の承認を得た病院である。2019年(令和1)6月時点で86施設である。

 地域医療支援病院とは、地域の第一線の地域医療を担う「かかりつけ医」などを支援する能力を備え、地域医療の確保を図る病院としてふさわしい構造設備等を有する病院である。具体的には、紹介患者に対する医療の提供(かかりつけ医等への患者の逆紹介も含む)、医療機器の共同利用の実施、救急医療の提供、地域の医療従事者に対する研修の実施、病床数200床以上などの要件が定められている。2018年10月の時点の施設数は604施設である(厚生労働省平成30年医療施設調査)。

 2019年8月現在、厚生労働省の「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」において、特定機能病院については、ガバナンス体制の強化、承認後の更新制の是非、第三者による評価受審を含めた承認要件の見直しの検討が進められている。地域医療支援病院については、医師の少ない地域を支援する役割の追加、二次医療圏のあり方や「地域医療構想」を踏まえ、地域でかかりつけ医等を支援するために必要とされる機能の見直しの検討が進められている。

 病院の職員(医療従事者)は国家資格などを必要とするものが多く、法令に基づき、業務独占(無資格者が、その業務を行うことの禁止)、名称独占(無資格者が、資格の名称または紛らわしい名称を使用することの禁止)が認められている。

 医療従事者のおもな職種としては、以下のようなものがあげられる。医師、保健師、助産師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師、管理栄養士、栄養士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、視能訓練士、臨床工学技士、救急救命士、医療ソーシャル・ワーカー(MSW)、社会福祉士、精神保健福祉士(PSW)、臨床心理士、診療情報管理士、医療事務など。歯科をもつ病院の場合には、歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士などである。

 医師の指示のもと、各専門職はそれぞれの役割に応じて診療にあたることになるが、良い医療のためには「チーム医療」が重要とされている。チーム医療とは、医師が看護師や他の専門職と協力し、各専門職の知識や技能を生かしながら患者の診療にあたることであり、近年では、患者や家族もチームの一員として診療に協力することが必要(患者の医療参加)という考え方も広まりつつある。

 医師や看護師など有資格者には、診療に際し、知りえた患者の情報に関する守秘義務規定が法的に定められている。また、病院の職員には医の倫理、職業倫理が強く求められており、医療の質と安全の確保に向けた努力が求められている。

[前田幸宏 2020年2月17日]

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百科事典マイペディア 「病院」の意味・わかりやすい解説

病院【びょういん】

多数の患者を収容し,長期にわたって診療する施設を有する医療機関。医療法では患者20人以上を収容するものを病院(19人以下は診療所)とし,その構造設備などには一定の規準が設けられている。特に100人以上を収容し,診療科中に内科,外科,産婦人科,眼科,耳鼻咽喉(いんこう)科を含むものを総合病院といい,各種検査室,病理解剖室,研究室,講義室,図書室などを整備することが規定されている。なお施設と医師との関係について,施設利用が病院勤務医師に限定される型と,地域の医師に開放される型(オープンシステム)がある。1993年に改訂施行された医療法によって,一般病院と療養型病床群(長期入院)と特定機能病院(高度先進医療)の3施設に分類された。
→関連項目医療金融公庫医療法看護婦

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「病院」の意味・わかりやすい解説

病院
びょういん
hospital

傷病者を収容して診断,治療する施設をいい,外来患者に対しては診療所の役割もする。医療法では,医師または歯科医師が,公衆または特定多数人のために医業や歯科医業を行なう場所で,20ベッド以上の収容施設をもつものを病院とし,医師,看護師,その他の従業員などの数,施設の種類などが省令で定められている。病院の開設には,すべて都道府県知事の許可が必要である。各科を診療し,100ベッド以上の収容施設をもつ病院は総合病院といわれる。国立病院機構や都道府県,市町村などが開設する公的医療機関としての病院もある。また各種の病床をもつ一般病院に対して,結核,精神病,感染症など特定の患者だけを扱う特殊病院もある。病院という名は,日本では明治1 (1868) 年東京に設立された「大病院」が始まりとされている。

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デジタル大辞泉プラス 「病院」の解説

病院

日本のテレビドラマ。放映はNHK(1996年10月~11月)。全3回。脚本:佐伯俊道。主題歌:小椋佳。出演:中村雅俊、ジェームス三木、風間トオルほか。

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世界大百科事典(旧版)内の病院の言及

【医学】より

…とくに錬金術に結びついた化学,およびその実験技法,それらに関連して発展した薬学領域には,明らかにアラビア固有のものが少なくない。医療制度についても,病人を収容して治療を施す場所としての病院は,ヨーロッパよりアラビア圏においてより古い。すでに7世紀には,バグダードに四つの病院があり,ほかに精神病院もあったという。…

【医療】より

…この排他性はさらに医業に独立した自由業としての性格を与える。他方,17世紀ころから,ヨーロッパの大都市に設けられるようになった貧困階層の病人の大規模収容施設としての病院は,医療に別の性格を与える条件をつくった。ここでは,初め非専門家による世話が提供されていたが,やがて薬剤師や医師が関与するようになる。…

【診療所】より

…診療所は医療法(1948制定)によって,〈医師又は歯科医師が公衆又は特定多数人のために医業又は歯科医業をなす場所であって,患者の収容施設を有しないもの又は患者19人以下の収容施設を有するものをいう〉と定義づけられている。20床以上は病院と称されるが,診療所は病院とまぎらわしい名称は禁じられており,医院,クリニックと名のられている例が多い(一般に〈開業医〉が開設しているものは,この診療所にあたる)。診療所の開設者が医師または歯科医師でない場合には,医師または歯科医師を管理者としておき,都道府県知事の許可を受けて診療所を開設できることになっている。…

※「病院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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