座頭(読み)ザガシラ

デジタル大辞泉 「座頭」の意味・読み・例文・類語

ざ‐がしら【座頭】

最上位の席または人。首座。
演劇・演芸などの一座の頭。座長。特に、歌舞伎では、一座の長で代表格の俳優。
[類語]大立て者名優千両役者スター花形立役者ヒーローヒロインアイドルカリスマ一枚看板人気者売れっ子はやりっ子寵児

ざ‐とう【座頭】

中世、商工業・芸能など諸座の長。
室町時代、盲人の琵琶法師の官名。当道座の四官の最下位。検校けんぎょう別当勾当こうとうに続くもの。
江戸時代、僧体の盲人で、琵琶・三味線などを弾いたり、語り物を語ったり、また、あんま・はりなどを業とした者の総称。
盲人。

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精選版 日本国語大辞典 「座頭」の意味・読み・例文・類語

ざ‐とう【座頭】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 座席の近辺、かたわら。
    1. [初出の実例]「外記三人率来〈大臣座頭預置筥三合〉」(出典:小右記‐正暦四年(993)一一月一二日)
  3. 一座の長。中世には、商業、手工業、芸能などの諸座の長をいう。
    1. [初出の実例]「而史実重為座頭之間、指文於竹竿覧中弁間文、已落、凡失礼無極」(出典:中右記‐天永二年(1111)一〇月一一日)
  4. 中世以降結成された盲人琵琶法師の当道座に設けられた四官(検校・別当・勾当・座頭)の最下位。名の下に「一」、あるいは上に「城」の字を用いることを許された。勾当以上は一般の遊芸人と同席して演奏することが許されないが、これは許され、その場合には必ず上座につくのでこの名が生じた。
    1. [初出の実例]「公方平家御無数寄歟。名人共御意不快。或被突鼻之間、近年座頭めみする人なし」(出典:看聞御記‐永享一〇年(1438)三月二六日)
  5. 盲人で剃髪(ていはつ)して僧体となり、琵琶、箏、三味線、胡弓などを弾いて歌を歌い、語り物を語り、また、あんま、はり、金貸しなどを業とした者の総称。座頭の坊。ざとのぼう。ざっつの坊。ざっとの坊。
    1. [初出の実例]「ここらに座頭の検校が琵琶をけっこうして」(出典:玉塵抄(1563)二七)
    2. 「何と座頭(ザトウ)どのはどなたの御弟子にて候や」(出典:咄本・軽口露がはなし(1691)三)
  6. 目の見えない人。盲人。
    1. [初出の実例]「ざとうになってまいらうと思ふてつえを二つこしらへてまいった」(出典:虎明本狂言・三人片輪(室町末‐近世初))
  7. ざとうくじら(座頭鯨)」の略。
    1. [初出の実例]「幾尋の綱もって座頭(ザトウ)といはず背美(せみ)といはず其腹の下くぐる必死の業(わざ)も」(出典:いさなとり(1891)〈幸田露伴〉六三)
  8. の風俗、動作などを舞踊化した歌舞伎所作事の総称。うかれ座頭、官に登る座頭、ひょっくり座頭、江の島座頭などがある。

ざ‐がしら【座頭】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 最上位にある席。また、そこにすわる人。首座。座長。また、比喩的に最上の物、中心の物の意にもいう。
    1. [初出の実例]「於東九条者、座かしらなる故に」(出典:多聞院日記‐文明一〇年(1478)八月一四日)
    2. 「座敷が三あるぞ。東には弟の陸士龍がいたぞ。西には兄の陸士衡がいたぞ。西頭東頭と云は西頭(がしら)東がしらと云心ぞ。座がしらにいたぞ」(出典:玉塵抄(1563)一)
  3. 演劇、演芸などで、一座の首長。座長。特に、歌舞伎では、全俳優のかしらとなり、立役の首席を占め、楽屋に関するいっさいのことを支配し、舞台での演技指導などをも行なう人。歌舞伎では、立役以外からなることはなく、ほぼ名門出身の者に限られていた。
    1. [初出の実例]「『その妖術も叛逆も、いはばめでたき顔見世なれば』『初座頭(ザガシラ)の四天王』」(出典:歌舞伎・四天王楓江戸粧(1804)六立)

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改訂新版 世界大百科事典 「座頭」の意味・わかりやすい解説

座頭 (ざとう)

(1)座の頭人の意味で,中世の商業や手工業の座,村落で結成された宮座,芸能の座などの長(おさ)をいう。これらの座頭は,座に加わった年数や年齢によって座役をつとめ,その回数が功労となって座頭となるのが普通である。

(2)室町時代に盲人の琵琶法師明石覚一によって形成されたと伝える当道座(当道)は,雨夜(あまよ)尊(仁明天皇の皇子人康親王)を始祖とするという琵琶法師の座であった。座頭はこの当道座に設けられた四官(検校(けんぎよう),別当勾当(こうとう),座頭)の最下位。剃髪した僧体の盲人で,その名の上に〈城〉,あるいは下に〈一〉の字を多く使用し,琵琶を伴奏として《平家物語》や《曾我物語》を語り,ときには早歌や小歌をうたった。こうして平曲(へいきよく)が広く貴賤に愛好された室町時代に,都や地方において公家や武家や社寺の酒席や祭礼の場にはべって,あるいは平曲を語り,あるいは遊吟したりした。また,ときには〈勧進平家〉と称して,多くの聴衆を連日あつめて社寺造営などのために勧進興行を行うなど,中世芸能史上に大きな足跡を残した。15世紀中ころ,京都だけで数百人の座頭がいたという記録もあって,彼らの活躍がしのばれる。しかし,中世末から近世に入って,平曲の人気がすたれてくると,琵琶のほかに箏や三味線や胡弓を弾いて浄瑠璃などを語る者が多くなり,さらには音曲をはなれてあんま・はりにたずさわる人も現れて,やがてはこれらを渡世とする法体の盲人が,座頭の大多数を占めるようになった。江戸時代になって,伊豆円一という人が徳川家康の許可を得て〈当道式目〉を定め,幕府の承認のもと,琵琶法師の保護と統制が強化された。当道座で定めた検校以下の四官は売買の対象となり,芸能や治療を渡世とする彼らのなかに買官による昇進組織がつくられた。座頭になると,紫の菊綴の長絹(ちようけん)に白袴をはき,塗杖を使うことが許され,また庶民の出産,結婚,建築,葬礼,法要など吉凶17種の場合に運上(うんじよう)金を取り立て,幕府から冥加金が与えられた。こうして幕府の保護のもと,当道の四官になると社会的地位も高く,財力も豊かとなり,さらに座頭金(ざとうがね)と呼ばれた高利貸の営業権が認められ,その貸付金は官金と称して他の債務に対して取り立ての優先権が保障された。座頭金は高利と過酷な取り立てで,民衆を苦しめる場合も多かった。この座頭のもつ諸権利は,1871年(明治4)に廃止された。
執筆者:(3)狂言には,座頭狂言または座頭物と分類される一群の演目があり,座頭といえば盲人の役をさす。《川上》《清水(きよみず)座頭》《月見座頭》《猿座頭》のシテ,《不聞(きかず)座頭》《三人片輪》のアド,《丼礑(どぶかつちり)》《鞠座頭》《伯養》のシテとアドが該当する。ただし,《猿座頭》《丼礑》のシテ,《鞠座頭》のシテ,アドは曲中では勾当の身分として扱われ,《月見座頭》も座頭,勾当両様の演じ方がある。
執筆者:


座頭 (ざがしら)

歌舞伎で,一座の首位に置かれる役者の称。一座の役者を統率し,舞台,楽屋生活に関するいっさいを統轄する権利と責任をもつ。狂言の上演に当たっては,今日の演出家の役割を兼ねた。座元(ざもと),立作者(たてさくしや)とともに興行の経営にも参画し,芝居年中行事で重要な役目を受け持った。たとえば,顔見世興行に先立って座元宅で行われた〈世界定め〉(9月12日)には,立作者,頭取,帳元(ちようもと)とともに参集し,顔見世狂言の〈世界〉や抱え役者の人選などを相談した。また,正月1日の仕初め(しぞめ)で,舞台に全役者が居並ぶとき,座頭は前に進んで年頭祝儀の口上を述べ,かつ初春興行の大名題(おおなだい),小名題(こなだい),役人付(やくにんづけ)を読み上げて,一座の役者を紹介するしきたりであった。座頭役者は人気と実力を兼備し,人格的にも信望の厚い人物である必要があった。座頭役者の子が親の名跡(みようせき)を継ぎ,あるいは高弟が師匠の名跡を継いで,座頭となる場合が多かった。それだけに,下級の役者から出世して,実力だけで座頭の地位につくのは至難の業で,初世中村仲蔵,4世市川小団次らは,その稀有な例。立女方(たておやま)を指して〈女方の座頭〉と呼ぶことはあった(《三座例遺志(さざれいし)》)が,原則として女方は一座の座頭にはならなかった。上方では,座頭に次ぐ地位の立役を座頭脇(ざがしらわき)と呼んだ。明治以後は一興行ごとに座組(ざぐみ)が変わることが多くなり,しぜん,座頭の権限も小さくなった。
執筆者:


座頭 (ざとう)

歌舞伎舞踊。清元。1826年(文政9)9月江戸中村座で2世関三十郎により初演。五変化所作事《歌へす歌へす余波大津絵(かえすがえすなごりのおおつえ)》の一曲。作詞勝井源八。作曲初世清元斎兵衛,4世杵屋六三郎。もとは長唄と掛合であった。振付2世藤間勘十郎,4世西川扇蔵。盲目のあんまに縫いぐるみの犬がからむ踊りで,犬のクドキなど,滑稽味が濃い作品。風俗舞踊の一つで,当時流行の田舎節や伊勢音頭もとり入れている。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「座頭」の意味・わかりやすい解説

座頭(ざとう)
ざとう

(1)広義には中世以来、商業・手工業・芸能など諸座の長。

(2)狭義には当道座(とうどうざ)の四官の一つ。江戸中期成立の『当道要集』では、室町初期に足利尊氏(あしかがたかうじ)の庶流と称して世に出た明石覚一(あかしかくいち)が、琵琶(びわ)語りなどの盲人を糾合して当道座をつくり、座中維持のため検校(けんぎょう)、別当(べっとう)、勾当(こうとう)、座頭の四官を厳重に規定したとされる。しかし座頭の語は『源威(げんい)集』文和(ぶんな)4年(1355)2月の東寺合戦の記事に「座等琵琶」とあるのが初見。将軍徳川家康のころには伊豆円一という者が出て、式目の認可を得、座中統制にあたっている。彼らは剃髪(ていはつ)し楽器をもって歌曲し、また按摩(あんま)、鍼(はり)などを主業としたが、前記四官に累進するにはかなりの修道が求められた。一方、売官の弊も生じ、補任(ぶにん)料上納も行われた。これらの費用は座中経営費を差し引き勾当以上に配分されたが、座頭はこれにかわって、士分以下一般民衆の生活の吉凶17種に際し、冥加金(みょうがきん)(座当金)を取得する権利を受けた。また座中には金融業も許され、膨大な財をなす者も生じた。

[平井良朋]


座頭(ざがしら)
ざがしら

歌舞伎(かぶき)や人形浄瑠璃(じょうるり)において、一座の長となる俳優、または劇団を代表する格の俳優。江戸時代における座頭は、一座の役者を統率し、舞台・楽屋生活に関するいっさいを統轄する権利と責任をもっていたばかりでなく、上演にあたって実質上の演出の仕事をも受け持った。座元(太夫元(たゆうもと))と相談し、興行・脚本・経済の面にも関与した。座頭となる役者は、人気と実力を兼ね備え、信望の厚い人物でなければならなかった。しかし、厳然たる門閥制度のために、名門の出身でない者は習練の機会に恵まれず、結果的に座頭も名門出身者で占められることが多かった。下積みから出世して実力だけで座頭となるのは、江戸中期以降では至難の業であった。初世中村仲蔵、4世市川小団次らは、その希有(けう)な例である。原則として、女方(おんながた)はその任につかないことになっていたが、立女方(たておやま)は実質上の副座頭であった。明治以後の歌舞伎は一興行ごとに座のメンバーがかわるのが普通になったため、座頭の権限は小さくなった。

[服部幸雄]

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百科事典マイペディア 「座頭」の意味・わかりやすい解説

座頭【ざとう】

(1)中世での商業,手工業,芸能,村落の宮座などの諸座の長。座頭(ざがしら)(2)座の一つである当道座(盲人の座)の4官(検校(けんぎょう),別当,勾当(こうとう),座頭)の一つで幕府の保護を受けた。やがて,髪をそった盲人で琵琶,箏を弾じて語り物を語ったり,あんま,鍼(はり)を業とする者,さらに盲人一般をも座頭と呼ぶようになった。なお,江戸時代,当道座の座頭は多額の金を保持し高利貸を営んだが,その貸付金を座頭金(ざとうがね)といった。
→関連項目勾当盲人

座頭【ざがしら】

一座または劇団を代表する首長の俳優をいう。江戸時代の歌舞伎,人形浄瑠璃から用いられた名称。一座の統率者であり,演出者でもあり,種々の特権が付与されていたが,明治以後,興行制度の変化とともに有名無実化した。
→関連項目座頭

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「座頭」の解説

座頭
ざとう

本来は一座の首席者という意味。一般には中世に盲人琵琶法師が組織した当道座における4官(検校(けんぎょう)・別当・勾当(こうとう)・座頭)のうちの最下位の呼称。近世になると当道座は幕府の統制下に入り,さまざまな保護を与えられた。針・按摩の治療行為や芸能興行に関する営業特権のほか,4官には座頭金(ざとうがね)という高利貸営業が許可された。当道座では座頭の地位を含め,買官による昇進慣行が行われた。1871年(明治4)諸特権とともに廃止。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「座頭」の意味・わかりやすい解説

座頭
ざがしら

歌舞伎や人形浄瑠璃の一座の首席俳優または人形遣い。江戸時代の歌舞伎では主演俳優がつとめ,一座の俳優,楽屋,舞台一切を統率し,演出者を兼ね,さらに座元や立作者などと興行の運営にも参与した。主として立役に限られ,役割・辻番付では連名の最後の「留め筆」の位置,紋番付では座元の右肩,すなわち上から2段目,右から2列目の位置に書かれた。明治以後は興行方法の変化により,その責任,権限も縮小された。

座頭
ざとう

(1) 中世の商業や手工業,それに芸能などの諸座の長。 (2) 室町時代初期,盲人が結成した当道座の4官 (検校,別当,勾当,座頭) の最下位。剃髪して平家琵琶,箏,三味線などを弾いたり,あん摩,鍼 (はり) を業とした。江戸時代になると幕府の保護を受け,貧しい者には冥加金が与えられた。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「座頭」の解説

座頭
(通称)
ざとう

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
歌へす歌へす余波大津画
初演
文政9.9(江戸・中村座)

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世界大百科事典(旧版)内の座頭の言及

【当道】より

…その芸能が〈平曲〉としてとくに武家社会に享受され,室町幕府の庇護を受けるに及んで,平曲を語る芸能僧たちは宗教組織から離脱して自治的な職能集団を結成,宗教組織にとどまっていた盲僧と区別して,みずからを当道と呼称した。覚一(かくいち)検校(1300?‐71)の時代に至って,組織の体系化が行われ,当道に属する盲人を,検校勾当(こうとう),座頭などの官位に分かち,全体を職(しよく)または職検校が統括し,その居所である京都の職屋敷がその統括事務たる座務を行う場所となった。さらに,仁明天皇の皇子で盲人の人康(さねやす)親王を祖と仰ぐなどの権威づけを行い,治外法権的性格を持つに至った。…

【検校】より

…これらの盲目法師らは幕府の公認で,公家の久我家を本所として,当道座という団体をつくって,盲人の位をつかさどり,職業の専有化をはかった。当道座では,初心,座頭,勾当(こうとう)と地位が進み,最高位が検校であり,京都に住んだ職検校が全体を支配した。検校は法印,勾当は法眼(ほうげん)・法橋(ほつきよう)の僧官に準ずるものとされて,その権威と社会的地位は高かった。…

【民謡】より

…この柳田分類に対して,折口信夫は,柳田のいう民謡を(1)童謡,(2)季節謡,(3)労働謡に分類する以外に,(4)芸謡の存在を挙げている。芸謡は芸人歌のことで,日本では各時代を通じて祝(ほかい)びと,聖(ひじり),山伏,座頭(ざとう),瞽女(ごぜ),遊女などのように,定まった舞台をもたず,漂泊の生活の中で民衆と接触しつつ技芸を各地に散布した人々があり,この種の遊芸者の活躍で華やかな歌が各地に咲き,また土地の素朴な労働の歌が洗練された三味線歌に変化することもあった。瞽女歌から出た《八木節》,船歌から座敷歌化した《木更津甚句》などがその例である。…

【盲人】より

…この平曲の座は天夜尊(あまよのみこと)(仁明あるいは光孝天皇の皇子人康(さねやす)親王ともいう)を祖神とする由来を伝え,祖神にちなむ2月16日の積塔(しやくとう),6月19日の涼(すずみ)の塔に参集して祭祀を執行した。座内には総検校以下検校(けんぎよう),勾当(こうとう),座頭(ざとう)の階級があり,座衆は師匠の系譜によって一方(いちかた),城方(じようかた)の平曲2流に分かれていた。権門を本所(ほんじよ)として祭事を奉仕し,その裁判権に隷従するのは他の諸芸能の座と同様であるが,本所の庇護と座衆の強い結束によって彼らは諸国往来の自由を獲得し平曲上演の縄張を広げ,室町時代に平曲は最盛期を迎えた。…

※「座頭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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