改訂新版 世界大百科事典 「桃源境」の意味・わかりやすい解説
桃源境 (とうげんきょう)
táo yuán jìng
中国人にとっての地上の楽園または別世界。桃源郷とも書く。晋代の陶潜の《桃花源記》にもとづく。すなわち,武陵の漁人が谷川をさかのぼり,桃花の咲き乱れる林の奥の洞穴をくぐって行くと,秦代(前3世紀)の戦乱を避けてこの山奥に移った人びとの子孫が平和に暮らしていた。款待を受けて里に下ったのち,友人と再訪をはかったが果たせなかった。また,武陵桃源ともいう。この種の山中他界の話は中国に多く,爛柯(らんか)説話もその一種である。つまり,晋の王質が木を伐りに石室山に入ったところ仙童たちが碁を打っていた。ながめているうちに斧の柯(え)が爛(ただ)れ,里に下ると200年たっていたというのである。中国の山中他界はこのように,桃源境も仙境もともに時間の楽園である。桃源境は,しばしばユートピアと混同されるが,通常,海のかなたに設定され,認識の飛躍を前提とするユートピアとは截然と異なり,地つづきで到達可能な楽園なのである。
執筆者:中野 美代子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報