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桃源瑞仙 とうげん

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美術人名辞典の解説

桃源瑞仙

室町時代の臨済宗の僧。相国寺八十世。近江生。号に蕉了・蕉雨・亦庵・卍庵等。相国寺明遠俊哲のもとで得度、その法を嗣ぐ。同寺に於て横川景三景徐周麟らと交流、また南禅寺牧中梵祐・天龍寺竺雲等連に就いて『易抄』『史記』『漢書』等を修めた。応仁の乱を避けて近江永源寺に移り古典の講読に専念、のち相国寺に昇住。著に『史記抄』『百衲襖』『蕉雨稿』等がある。延徳元年(1489)寂、60才。

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デジタル大辞泉の解説

とうげん‐ずいせん〔タウゲン‐〕【桃源瑞仙】

[1430~1489]室町中期の臨済宗の僧。五山文学者。近江(おうみ)の人。号は蕉雨・竹庵など。京都の相国寺に住した。著に「百衲襖」「史記抄」「三体詩抄」などの抄物がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桃源瑞仙 とうげん-ずいせん

1430-1489 室町時代の僧。
永享2年6月17日生まれ。臨済(りんざい)宗。京都相国寺の明遠俊哲(みょうえん-しゅんてつ)の法をつぐ。易学や「史記」もまなび,応仁(おうにん)の乱の際には郷里の近江(おうみ)(滋賀県)で古典の研究をつづけ,乱後は相国寺住持となった。延徳元年10月28日死去。60歳。俗姓は市村。別号に蕉雨,蕉了。著作に「史記抄」「百衲襖(ひゃくのうおう)」など。

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大辞林 第三版の解説

とうげんずいせん【桃源瑞仙】

1433~1489) 京都相国寺の禅僧。近江の人。五山文学者。「史記抄」「三体詩抄」「百衲襖(周易の抄)」などの抄物を著した。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

桃源瑞仙
とうげんずいせん

[生]永享2(1430).6.17.
[没]延徳1(1489).10.28.
室町時代の臨済宗の僧。京都相国寺の第 80世。著作『百衲襖』『史記抄』『蕉雨稿』。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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