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五山文学 ござんぶんがく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五山文学
ござんぶんがく

鎌倉時代末期から室町時代末期にかけて発達した禅僧による漢詩文の総称。鎌倉時代に学僧が渡宋し,また中国の禅僧が帰化するようになり,僧侶の間に漢詩文が流行した。そして,鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて京都と鎌倉の五山を中心に詩壇が形成され,一山一寧 (いっさんいちねい) ,虎関師錬 (こかんしれん) ,中巌円月 (ちゅうがんえんげつ) ,雪村友梅 (せっそんゆうばい) らが現れ,個性的な作品が生れた。

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デジタル大辞泉の解説

ごさん‐ぶんがく【五山文学】

鎌倉末期から江戸初期にかけて、京都五山鎌倉五山の禅僧たちにより書かれた漢詩文・日記・語録の総称。中国の文化の影響のもとに栄え、虎関師錬(こかんしれん)雪村友梅(せっそんゆうばい)義堂周信(ぎどうしゅうしん)絶海中津(ぜっかいちゅうしん)らが出た。

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百科事典マイペディアの解説

五山文学【ござんぶんがく】

鎌倉末〜室町時代に京都・鎌倉の五山禅林を中心に,禅僧の間に行われた漢文学の総称。法語,詩文,随筆等で,詩と四六文駢文)が中心。中国宋の禅林で詩文が盛行し,日本に禅宗とともにもたらされたことによる。
→関連項目漢詩北山文化黄庭堅五山版禅宗東山文化

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世界大百科事典 第2版の解説

ござんぶんがく【五山文学】

日本において,13世紀後半より16世紀に至る300余年間,京都,鎌倉の五山禅林を中心として,禅僧の間に行われた漢文学。奈良朝の貴族間,江戸時代に儒者文人の間にそれぞれ行われたものと並んで,日本漢文学の三大隆盛期の一つをになうものである。 平安朝から引き続いて公家も作品を作ったが,中世の漢文学の主流をなしたのは五山文学である。五山僧の好んだ詩形としては七言詩,五言詩が多く,七言,五言ともに,絶句よりも律詩に関心が深い。

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大辞林 第三版の解説

ごさんぶんがく【五山文学】

鎌倉末期・南北朝・室町時代の京都五山の禅僧の手になる漢詩文。虎関師錬こかんしれん・雪村友梅・中巌ちゆうがん円月・絶海中津・義堂周信らの作家が名高い。広義には一休など当時の禅僧の漢詩文をもいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五山文学
ござんぶんがく

五山禅林において行われた文学で、漢詩文を表現の手段とする。鎌倉時代から江戸時代の初期にかけて膨大な数の作品がつくられたが、もっとも盛んであったのは南北朝時代から室町時代の前期にかけてである。
 五山とは、五つの臨済(りんざい)宗の大寺院を意味し、幕府の定めた寺格の最上位を占めるものである。五山の寺数とその序列はときによって変動しながら、1386年(元中3・至徳3)にほぼ最終的に次のように決定した。五山第一から第五まで、鎌倉では建長寺・円覚(えんがく)寺・寿福寺・浄智(じょうち)寺・浄妙寺。京都では天竜(てんりゅう)寺・相国(しょうこく)寺・建仁(けんにん)寺・東福寺・万寿(まんじゅ)寺の各5寺で、この鎌倉五山、京都五山の10寺の上に南禅寺が置かれた。以上の11か寺を五山(叢林(そうりん))と称する。五山文学というとき、この五山制度内の寺院を活躍場所とした禅僧の文学に限る場合があるが、五山制度外の禅寺をも含んだ中世の禅林全体の文学を概称するのが穏当である。[中本 環]

表現手法

五山文学の表現手法は、いわゆる和文によらず、漢詩・漢文の形をとっている。作者はすべて禅僧であり、読者(享受者)もまた、ごく一部の貴族や高級武士を除いては、禅林内部の人たちであった。ここに他の文学世界と異なる独自の世界を形成した原因がある。作品の内容は、入院(じゅえん)・上堂(じょうどう)・秉払(ひんぽつ)・陞座(しんぞ)などの法語類から、頌偈(じゅげ)・賛などの宗教的な韻文、さらには文学的な詩文をも含むという、雑多な幅広い様相をみせている。宗教色の濃いものから、ほとんどその欠落したものまで広く存在するのである。これらはしかし、すべて五山文学として総括する。[中本 環]

作者と作品

五山文学の萌芽(ほうが)は、中国大陸から渡来した大休正念(だいきゅうしょうねん)、無学祖元(むがくそげん)、一山一寧(いっさんいちねい)らの来日僧によってもたらされた。大陸禅林における文筆尊重の風が移植されたのである。これに加えて、求法(ぐほう)の情熱厚い留学僧たちが、大陸の宗教・教養・知識を持ち帰り、ここにわが国の五山文学は出発する。
 五山文学隆盛期の双璧(そうへき)と称されるのは、義堂周信(ぎどうしゅうしん)(1325―88)と絶海中津(ぜっかいちゅうしん)(1336―1405)であるが、彼らはともに大陸の人たちにも引けをとらぬ文章力をもっていた。義堂の詩文集『空華集(くうげしゅう)』、絶海の『蕉堅藁(しょうけんこう)』はそれぞれ明(みん)人から序をもらい、詩の技法・作風を嘆称されている。彼らに先んずる優れた詩僧としては、『岷峨集(びんがしゅう)』の雪村友梅(せっそんゆうばい)、『済北集(せいほくしゅう)』の虎関師錬(こかんしれん)、『東海一(とうかいいちおうしゅう)』の中巌円月(ちゅうがんえんげつ)らがいる。
 義堂、絶海以降のおもな詩僧をあげると、『東海華集(とうかいけいかしゅう)』の惟肖得巌(いしょうとくがん)、『続翠詩集(しょくすいししゅう)』の江西竜派(こうさいりゅうは)、『心田詩稿(しんでんしこう)』の心田清播(しんでんせいはん)、『漁庵小稿(ぎょあんしょうこう)』の南江宗(なんこうそうげん)、『狂雲集(きょううんしゅう)』『狂雲詩集』の一休宗純(いっきゅうそうじゅん)、『補庵京華集(ほあんけいかしゅう)』の横川景三(おうせんけいさん)、『梅花無尽蔵(ばいかむじんぞう)』の万里集九(ばんりしゅうく)、『翰林胡蘆集(かんりんころしゅう)』の景徐周麟(けいじょしゅうりん)、『幻雲稿(げんうんこう)』の月舟寿桂(げっしゅうじゅけい)らがいる。
 横川景三は、古今の詩僧100人の詩を1首ずつ選んで『百人一首』(成立年未詳)を編んだ。100人の作者が選ばれるについては、その基底にある詩僧の層の厚さが思われ、また、詩壇の形成ということも想像される。同じころ「近代諸老の佳作」を20人から10首ずつ選んだ『花上集(かじょうしゅう)』(文挙契選(ぶんきょけいせん)編)が編まれている。これは彦龍周興(げんりゅうしゅうこう)の長享(ちょうきょう)3年(1489)の序をもつが、これら二つの詩の選集は、室町中期・15世紀後半の五山文学の様相をよく示している。すなわち、詩の隆盛、七言絶句の定着、宗教性の希薄化などである。[中本 環]

五山文学の終結

室町末期になると、五山文学の世界は宗教性がますます希薄化して純文学化の傾向が強くなってくる。美人や佳人を詠み、あるいは男色を詠ずる作品・作者も多くなる。三益永因(さんえきえいいん)(?―1520?)の『三益艶詞(えんし)』(成立年未詳)のような情緒纏綿(てんめん)たる作品集さえ出現するに至る。求道的な緊張が作品のなかから薄れ、禅林文学独自の思想性もなくなってくる。これは文学の側からすれば純文学化の道をたどったようであるが、求道的精神の支えによって緊張を保ち独自の世界を形成していた禅林の詩文が、平凡な見解(けんげ)や低俗な情緒の反映としての詩文に転化したことを意味する。
 平安朝漢詩文の衰退にかわって、大陸の禅宗とともに移入された五山禅林の文学は、室町幕府の崩壊とともに消滅した。江戸期の漢詩文は、五山の影響を脱却し、儒学思想を中核とするところから新生するのである。[中本 環]
『山岸徳平校注『日本古典文学大系89 五山文学集・江戸漢詩集』(1966・岩波書店) ▽玉村竹二著『五山文学』(1966・至文堂) ▽蔭木英雄著『五山詩史の研究』(1977・笠間書院) ▽中本環著「五山文学」(『日本文学全史3 中世』所収・1978・学燈社)』

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世界大百科事典内の五山文学の言及

【漢詩文】より

…当時,中国には笑隠大訢(しよういんたいきん)という禅僧が出て,禅四六の作法を一定し,これを〈蒲室疏法(ほしつそほう)〉と称したが,中巌円月,絶海中津はこの法を体得した。またこの時代には,清拙正澄(せいせつしようちよう),明極楚俊(みんきそしゆん),竺仙梵僊(じくせんぼんせん)など,中国僧の来朝があり,これらの人の作品は,正真正銘の“漢”文だったので,五山文学中とくに光彩を放った。その後義堂周信,絶海中津も和様に流れることきわめて少なかった。…

【東山文化】より

…また地方生活を送るなかで画業を完成させたものに雪舟がいる。 五山の僧侶の間にひろまった五山文学の世界では,景徐周麟,横川景三(おうせんけいざん)らが詩文で知られたが,この時期には詩文よりも経史に比重が移り,この分野では九州へ下り宋学を講じた桂庵玄樹の名が知られる。将軍家の保護を得た五山にかわり,林下の大徳寺が社会各層の帰依を得て隆盛に向かうのも,応仁・文明の乱前後からで,《狂雲集》を著した一休は,後世にも大きな影響を及ぼした。…

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