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桑原荘 くわばらのしょう

百科事典マイペディアの解説

桑原荘【くわばらのしょう】

越前国坂井郡堀江郷にあった東大寺領の初期荘園。現福井県あわら市桑原を遺称地とし,一帯に比定される。8世紀中葉に東大寺は大友宿禰麻呂から堀江郷の野地96町余(見開田9町・未開田87町余)を買得田地を周辺の百姓に賃租に出し,754年から収入を得ていた。

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世界大百科事典 第2版の解説

くわばらのしょう【桑原荘】

東大寺領の古代荘園。越前国坂井郡堀江郷にあり,現福井県坂井郡金津町伊井桑原地区に比定される。この荘園は東大寺が755年(天平勝宝7)大伴麻呂から買得した土地に始まるが,実際にはその前年から寺の手に入っていたらしく754年から賃租収入をあげている。755,756,757年付の計4通の収支決算書が残存し,初期荘園の経営状況を物語る重要史料となっている。全面積は96町2段116歩で,うち開田部は買得時で9町,757年で37町2段。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桑原荘
くわばらのしょう

越前国坂井郡にあった東大寺領の荘。現在の福井県あわら市桑原・堀江十楽(ほりえじゅうらく)を含む地域に比定される。東大寺が755年(天平勝宝7)、大伴宿禰麻呂(おおとものすくねまろ)からその開墾地坂井郡堀江郷の地96町2段116歩を買得(ばいとく)して成立した。当時東大寺は造東大寺司(ぞうとうだいじし)という準国家機関の下にあったので、この荘の経営も、地方行政機構を通して行われた。同年から757年(天平宝字1)までの当荘経営の収支報告が残され、実際の経営を担当したのは前造東大寺司の官人(かんじん)であった越前国史生(ししょう)安都宿禰雄足(あとのすくねおたり)と足羽郡(あすわぐん)大領(たいりょう)生江東人(いくえのあずまひと)らであった。この荘の成立は、東大寺の力を借りた地域振興政策の現れである。758年以後はその実体は失われたとみられる。[奥野中彦]
『岸俊男著『日本古代政治史研究』(1966・塙書房) ▽奥野中彦著『荘園史と荘園絵図』(2010・吉川弘文館)』

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